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第2話
大雑把に躰の水気を拭い、浅丘は再び俺を抱き上げる。どこまでも甘やかされながら、これからの事を思えばそれくらいは甘受しても罰は当たるまいとそう思う。
「いいなぁ…俺も内海さん抱っこしたい」
「そのうちさせてもらえ」
そんな遣り取りをする二人に再び寝室へと連行された俺は、浅丘の長い脚の上に背中を預けさせられた。高槻が手に持った透明なボトルの中身をたぷたぷと揺らす。いったいいつからそんなものまで用意していたんだと呆れながら思いつつ、浅丘の事だから準備が良いのは当然かとも思えば納得してしまう。
優し気な顔の浅丘に見下ろされながら頭を撫でられるのは心地が良い。そう思えば案外、俺は元から甘やかされていたんじゃないかとふと気付いてしまって思わず照れる。赤くなっていそうな顔を隠そうと大きな枕を引き寄せてみたものの、それはあっさりと浅丘に奪われた。
「な…」
「隠すなよ」
「っ…そうじゃ…なくて…」
隠すなと言われると逆に意識してしまって増々顔に熱が集中する。どうにか顔を隠せないかと、ついすぐ近くにある浅丘の腰に額をくっつけた俺は、きっとどこからどう見ても滑稽だったろう。
それなのに、耳に流れ込む高槻の声は楽しそうだった。
「内海さんって天然ですよね。いちいちする事が可愛すぎません?」
パチンッとボトルの蓋を跳ね上げながら言う高槻に、まるで同意でもするかのように浅丘が髪を撫でる。滑稽だろうと思っていれば可愛いなどと言われ、意味も分からずそろりと顔をあげれば楽しそうに笑う高槻の顔。
「ちょっと冷たいかもしれませんけど、我慢してくださいね?」
「ぇ…? ……ひあっ!?」
トロリとボトルの口から垂らされた液体に思わず声をあげてしまう俺を、高槻がクスクスと笑う。
「我慢してって言ったじゃないですか。なんでそんなに可愛い声出すかなー…」
「うぅ……」
「まあ、もっと可愛い声で啼かせてあげます」
そう言って男らしい笑みを浮かべた高槻の手が、風呂場の時と同じように双丘の奥へと伸ばされる。同時に浅丘の大きな手が濡れた屹立をゆるりと扱いて、その刺激に俺は腰を跳ねさせた。
「んあッ…あ、はじ…めっ」
「どうした? 気持ち良くしてやる」
前を浅丘の手で擦り上げられながら、後ろの穴を高槻の指がゆるゆると揉みしだく。気持ち良いような気持ち悪いような奇妙な感覚に捕らわれて、俺は背筋を震わせた。
「はっ…やッ、なんか…変っ」
浅丘の腰にしがみ付けば、下の方からくちゅくちゅとローションの濡れた音と、高槻の楽しそうな声が聞こえてくる。
「あれー? 内海さん、もしかして普段からここ、自分で弄ったりしちゃってます?」
「っ!? …してなっ」
「本当ですか? すげー柔らかいんだけど。これでバックバージンとか信じられないですよ?」
「バッ!? や…っ、ちょ…指入れな…っんあ、ぃゃぁ…かおる…ぅ」
「あー…それは逆効果です内海さんっ」
入口に少しだけ潜り込んでいた高槻の指が、一気にぐにりと体内に入り込む。痛くはないけれど、普段は何かを飲み込むことになんて慣れてもいないソコを、異物が逆流する衝撃は大きかった。
「あっ、やだッ…やっ、…っ抜いて! 気持ちわるぃ…からぁ」
「うん? 痛くはないです?」
「痛くな…っ、きもちわるいぃ…」
「もう少しだけ…我慢して? ね?」
優しく言いながら腰を撫でさすられて、思わず詰めていた息を吐き出す。ゆっくりと襞の中を指が行き来する度、喘ぐように息をする口から小さな声が漏れていたけど気にしている余裕なんてない。
尻の穴を指で弄られるなんて恥ずかしくて死にそうだ。…った筈なのに。高槻の指がぐるりと中を掻き回した時だった。
つま先から電流が走ったような気がして、勝手に腰がビクリと跳ねる。
「ひあぁあッ!?」
「内海さんのイイトコみっけ」
ニヤリと端正な口許を歪める高槻に、ドクンと心臓が大きく脈打った。あれ? と思う間もなく同じ場所をぐりっと抉られて、堪らず浅丘に助けを求める。
「肇っ…やッ、助け…躰、おかしッ…んあっ、はじめぇ…ッ」
「おかしくないだろ? 中の気持ち良いところ抉ってもらえて良かったじゃないか」
ゆるゆると俺の屹立を扱いていた指が外れて、陰毛を辿る。浅丘はちょうど雄芯の付け根辺りでその指を止めた。
「そうだな…ちょうど…ここか?」
ここか? と、そう言って下腹部を浅丘の指にぐっと押し込まれ、中の高槻の指とで敏感なシコリを挟み込まれて、その衝撃に頭の中が真っ白になった。
「ひぐッ、―――…ッッ!!」
仰け反った喉から言葉にならない声が漏れる。同時に、俺は屹立から勢いよく白濁を吹き上げた。ドクドクと脈打つように先端から雫を垂らす雄芯は、触られてもいない。
尾を引くような快感が全身を満たして、何も考えられなくなる。
「あ…あっ、はっ…ぁ、ぁぅ」
何が起きたのかも分からないまま呆然としていた俺は、浅丘の指に眦を拭われて自分が泣いていたことを知った。
「泣くほど気持ち良かったか?」
「なん…で…俺…」
「まあ、前立腺を内側と外側から刺激されれば、堪えようもないんじゃないのか?」
「ぜんり…って…嘘…」
呟くように言えば、短く喉を鳴らした浅丘に再び腹の辺りを撫でさすられる。
「嘘だと思うなら、もう一度やってやろうか?」
未だ体内に埋め込まれたまま入口をぐにぐにと押し広げていた高槻の指が、浅丘の指先のすぐ下までまた入り込む。カリカリと敏感な部分を内側から軽く引っ掻くように刺激されて、無意識に腰が跳ねる。その様に、浅丘は小さく笑った。
「随分おねだりが上手だな?」
「っ違…薫が…っ」
「そうだな。だからお前は気持ち良くなってまたこんなに硬くしてる訳だ…」
長い指先が雄芯を撫で上げる。腹に飛び散った精液を掬い上げては塗り込むように浅丘の指が動き、くちゅくちゅと卑猥な水音が耳を刺激した。
「はっ…あッ、ああっ…ん、やぁ…」
中と外を同時に弄られて、勝手に声が零れる。恥ずかしさも既に通り越してしまって、与えられる刺激に夢中になってる俺の耳に、高槻の声が聞こえた。
「そろそろ大丈夫そうですけど、どうします? 先にくれちゃったり…しませんよね?」
「欲しいのか?」
先とか後とか、そんな事を俺に聞いてくれるつもりもない二人が交わす会話を、俺はただ快感の中で聞くともなく聞いていた。
「え? そりゃまあ…内海さんの初めてですし?」
「だったらくれてやる」
「マジですか…。なに企んでるんです?」
「その代わり中に出すなよ」
「あー…はい、了解です」
ずるりと尻の穴から高槻の指が引き抜かれれば、なんだか物足りなく感じてしまって俺は小さな声を漏らした。相変わらず浅丘の手でゆるゆると雄芯を扱かれ、その気持ち良さに身を委ねていた俺は、だが次の瞬間躰をひっくり返される。
あっという間に犬のように四つん這いにさせられ、背後に熱を感じておずおずと振り返った。案の定そこに高槻の姿があって、その端正な唇がゆっくりと動くのを呆然と見つめる。
「怖かったら浅丘さんにでもしがみ付いててください」
「え? …あ、待っ…ひぐッ!」
「ぅは…やば…っ、気持ち良い…です、内海さん…」
「ああぁあっ、嫌っ…抜いてっ、抜い……薫ッ」
指とは比べ物にならない太さの雄芯が襞を割り開く。巨大な質量が腹を満たしていく感覚に反射的にずり上がろうとした俺の腰を、高槻がガッチリと掴んだ。
「逃げちゃ駄目ですよ。もうちょっと…で、全部挿るから…っ」
「ひやッら…も、入んな…っ」
もうちょっとと、そう言われて思わず目の前にある浅丘の脚へとしがみ付く。縋るように見上げれば、困ったような顔で頭を撫でられた。
「大丈夫だ庸二。痛くはないだろう?」
「おっきいのヤダぁー…」
恥も外聞もへったくれもなく縋りついてみるものの、やっぱり困ったような声で言いながら浅丘に頭をぐいっと押される。
「ぅえ…?」
「高槻のが挿らないんじゃ、俺のは到底無理なんでな。少し我慢しろ」
「ッ……」
浅丘の雄芯を目の前に突きつけられて、思わず言葉に詰まった俺は高槻に犯されている現実を一瞬にしてすっかり忘れ去った。大きすぎて絶対に入らないと、そう思う。
「嘘…だ。……無理…」
「無理かどうかはともかく、せっかくだから口でしてくれないか?」
「なん…はぶっ、んんッ」
口どころか鼻まで押し付けられて苦しさに呻いていれば、浅丘の優し気な声が耳に流れ込む。だが、その台詞はもはや脅しでしかなかった。
「うん? 苦しいのが嫌なら、ちゃんと自分で出来るな?」
「んうッ、んんんッ、…ぷはっ、はっ…は…ぅ」
苦しくてコクコクと必死に頷くしかない俺は、ようやく手を離されて空気を貪った。その耳に、再び浅丘の声が流れ込んでくる。
「ほら庸二。高槻のも全部飲み込めたじゃないか、偉いな?」
「っは…ぁぅ、…あ、お腹…おもぃ…」
いつの間に飲み込まされたのか、尻にぴったりとくっついた高槻の下生えの感触があってほっと息を吐く。動くつもりはないのか、それとも待ってくれているだけなのか、ともあれ圧迫感はあっても痛みはなかった。
ぼろぼろと泣きながら情けない声で言えば、浅丘が苦笑を漏らす。そのまま軽く頭を押されて、唇に硬い雄芯が当たった。
「それだけ話せるなら余裕だな。ほら、舐めろ」
「んむぅ…はぷ…ぅっ」
唇に当たったそれを横からあむあむと食んでいれば、ゆるりと頭を撫でられる。
「横からじゃなくて、上からだ庸二」
「ぅぅ…こんな…の、入んな…」
「なら、無理矢理喉の奥まで突っ込んでやろうか?」
「ぃゃ…だ…」
涙目で見上げる視線の先で、にこりと優し気に微笑む浅丘の声はもの凄く優しい。それなのに言う事が怖すぎて、だんだんどっちが本当なのか分からなくなってくる。
よろよろと頭をあげて浅丘の雄芯を咥え込んだ時だった。その時を狙い澄ましたかのようにずるずると内側の粘膜を引きずるように高槻の強直が後退する。内臓ごと引きずり出されそうな恐怖に、堪らず俺は声をあげた。
「ああぁあッ、あッ―――…ぁっ」
「ほら、内海さん。浅丘さんの言う事聞かないと、無理矢理喉犯されちゃいますよ?」
「そんな…っ、あぅ…」
肘で支えた上体がブルブルと震える。目の前には変わらず反り勃った浅丘の雄芯があって、非現実的な状況に頭がくらくらした。
半ば投げやりに浅丘の雄芯をもう一度咥え込む。めいっぱい口を開けても入りきらないソレを必死に頬張りながら尻の穴を犯されて、俺の思考はドロドロに溶けていった。
次に意識を浮上させると、ゆらゆらと水の中で揺られているような、そんな感覚に捕らわれた。
「っぁ…ぁぅ、あっ…あうぅ、…ひっ…ぃっ」
ゆったりと大きな枕に背を預け、寛ぐような態勢の浅丘の上に乗せられたまま俺は後ろから貫かれていた。閉じる事すら忘れた口の端から、とめどもなく甘い嬌声とともに唾液を滴らせ、ゆさゆさと躰を揺すぶられる。
閉じていた目蓋を薄く開けば、浅丘の膝で大きく開かされた脚の間に高槻が顔を埋めて俺の雄芯を食んでいた。じゅるじゅると大きな水音が耳朶を刺激する。
「ひぁ…あっ、また…いっひゃ…やら…はじめぇ…ッ」
「どうした? イきたければイけばいいだろう。高槻にもっと飲ませてやれよ」
「ひや…らぁ、飲ん、じゃ…らめっ」
ろれつの回らなくなった口で必死に懇願すれど、高槻が食んだ雄芯を離す気配はない。浅丘の剛直に下から中の敏感なシコリをゴリゴリと抉られて、ふるりと屹立を震わせる。
もう何度も吐き出し過ぎて、勢いもなく鈴口から溢れた僅かなそれを、高槻はじゅるりと吸い上げた。吐き出せるものなどとうに残ってはいないというのに、それでも吸い出そうとする高槻にイヤイヤと頭を振る。
「あっ、ひぐぅ…やっ、もぅ…出な…っ」
思わず伸ばした手で高槻の髪を強く掴む。その間も浅丘に容赦なく媚肉を擦り上げられて、堪らず身を捩った。
ずるりと胸の上から落ちそうになる俺の躰を難なく片手で受け止めて浅丘が笑う。
「危ないだろう? それとも、振り落とされるほど激しくされたいのか?」
「いやっ…やら…ッ、つおくしないれ…っ」
必死に頭を振る俺の耳元で、浅丘が低く笑う。
「ちゃんとお願いしないと駄目だろ?」
「んっ…はじめ…やさしくしてぇ…」
泣きながらすぐ横にある浅丘にキスを強請るように頬を擦り寄せる。ちゅっと啄むような口付けはとても優しいのに、その口から流れ出る言葉は酷く俺を追い詰めた。幾度となく繰り返させられた遣り取りは、既に躰に染み着いていて、恥もへったくれもない。
ようやく俺の雄芯を口から抜き出した高槻が前髪を掻き上げる。
「っは、内海さん可哀相…。俺ならもっと優しく抱いてあげるのに」
「嘘を吐くなよ若造。可哀相だと思うならさっさと口を離してやればいい」
「いやー…だってこんなん目の前に突きつけられたら、我慢できませんよ」
吐き出しつくしてだらりと情けなく萎えた俺の雄芯を、高槻の手がやんわりと撫で上げる。そのすぐ下では、めいっぱい広がった襞が浅丘の剛直を食んでいる事だろう。高槻からは、すべてが丸見えの筈だ。
つ…と、高槻の長い指が雄を喰い締める縁を辿った。
「っひ、ぁ…ああうっ」
たったそれだけの刺激に俺の躰は反応して、思わず収縮した肉が浅丘の雄芯をきつく締めあげる。
行き過ぎた快感に、がくがくと震えが止まらなくなる。
「ぁっ、ゃ…また…とまんな…っ」
自分の意志とは関係なく中の襞がうねるようにぎゅうぎゅうと浅丘の雄芯を食む。力を抜こうとしても上手くいかず、呼吸が浅くなって全身に痺れが回る。
吐き出すものもないくせにゆるく勃ちあがる雄芯がふるふると震えた。もう無理だと、そう思うのに躰が言う事を聞いてくれない。頭の中が真っ白になって何も考えられないまま浅丘の上で震えている事しか出来なかった。
「んくっ…あッ、嫌…ぁ、ぁッ―――…ッッ!!」
どくりと躰の奥に浅丘の熱い飛沫を吐き出されると同時に、こぷ…と鈴口から溢れた僅かな体液を高槻が舌で掬いとる。覚えていられたのは、そこまでだった。
頭が、ズキズキと痛かった。躰もなんだか軋みをあげていて、寝返りすら上手く打つことが出来ない。おまけに喉まで痛くて、なんだか泣きたい気分で目を覚ました俺は、俺を挟み込むようにしながらも額をくっつけ合って眠っている浅丘と高槻が憎らしくて堪らない。
人がこんなにも苦しんでるというのに、何を二人して幸せそうな顔を寄せ合っているのか。声が出たならば間違いなく罵倒しているところだ。
だが俺にそんな元気はなくて、僅かに身じろぐことさえままならない。
―――どうして俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ!?
そう、思ってみたところで答えなんて決まっている。すべてはこの二人が悪いのだ。
ふつふつと湧き上がる怒りをどうしても抑えることが出来ず、俺はすやすやと幸せそうに寝息をたてている二人の鼻を摘まんだ。
「ん…? 内海さ…?」
「何をしてるんだ」
不満すら感じていないような声を出しながらあっさりと目を開けた浅丘と高槻は、額を合わせたまま二人で笑う。
「どうした庸二。そんな可愛い起こし方をして」
「か…っ!?」
「鼻を摘まむなんて可愛らしい起こされ方をしたのは初めてですね。新鮮です」
「違…っ、俺は怒っ……ゲホッ」
無理に声を出したせいで噎せ返れば、浅丘の手にトントンと胸を叩かれる。高槻には頭を撫でられた。
「ああ、無理しちゃ駄目ですよ。昨日あれだけ啼いたら、喉も痛むでしょう?」
「飲む物を持ってきてやる。少し待ってろ」
鼻を摘まんでいた俺の手をあっさりと退けて、躰を起こした浅丘がベッドを降りる。壊れたドアを気にする事もなく部屋を出ていった。
「大丈夫ですか?」
「だっ…れのせいでっ」
「いや…まあ、内海さんが可愛すぎてつい…」
困ったように笑いながらぽりぽりと頭を掻く高槻に反省している様子は全くない。それがどうにも腹立たしくて、額をペシリと叩く。
「ああもう、本当に可愛いですね内海さんっ」
「なっ…離せッ、はーなーせー…っ!」
ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる高槻の肩を必死に押し返すものの、力が入らないおかげでピクリともしない。どれだけ押しても動かない高槻に俺が諦めかけた時だった。
ふっと影が差したかと思えば、慌てるような高槻の声が聞こえて躰が軽くなる。
「あいたたたッ、ちょっ…浅丘さん痛いっ」
「痛くしてるんだ当たり前だろう。嫌がってるのに何をしてるんだお前は?」
いったい何が起きたのかと思って見てみれば、浅丘が高槻の耳を掴んで引っ張っていた。そう、摘まんで…ではなく、掴んで。それはもうがっちりと。
「ほら庸二、飲め」
高槻の耳を引っ張り上げたまま、浅丘がグラスを差し出してくる。それを受け取ろうと恐る恐る躰を起こそうとしてみれば、案の定全身が軋んで呻きが漏れた。
「っぅ…」
そんな俺の様子に眉根を寄せた浅丘が、小さく舌打ちを響かせて高槻を睨んだ。
「二度目はないからな若造」
そう言って容赦なく腕を振った浅丘に、高槻の口から悲鳴が上がった。それは…そうだろう。耳を掴んで投げ飛ばされれば誰だって痛いに決まっている。
そのままベッドから落ちた高槻が床に蹲って呻くのを気にした様子もなく、浅丘は俺の背中に腕を回すとゆっくりと起こしてくれた。
「大丈夫か?」
「ちょっと…痛い…」
「無理をさせて悪かった」
「っ…いい…けど…」
持っていろと、グラスを差し出されて大人しく受け取れば、あっという間に背中に大きな枕を挟み込まれてゆっくりとおろされる。水を飲むには少しばかり低い角度に戸惑っていれば、浅丘にグラスを取り上げられた。
俺の頭の上に肘をついたまま、浅丘はあっさりとグラスに口をつける。そのまま口移しで水を飲まされて思わず顔に熱が集中した。
「ん…、ぅく…」
「もう少し多くても大丈夫そうか?」
「う…ん…」
どれだけ甘やかされているのだろうかと思えば顔が熱くなるが、大事にされるのは嫌な気分じゃない。何度か水を飲ませてもらって人心地ついていると、高槻の唸るような声が聞こえてきた。
「人の事投げ飛ばしといて何二人だけでいちゃついてるんですか…」
「投げ飛ばされるような事をしたのはお前だろう。千切られなかっただけ有り難く思えよ」
「昨日も思ったんですけど、浅丘さんて格闘技か何かやってます?」
「ああ」
さらりと返事をする浅丘は、平日の仕事帰りにボクシングジムに通っている。それに、大学までは空手をやっていたのだ。それを知る俺としては浅丘に歯向かおうなんて無謀な真似は絶対にしたくない。
今でこそそう簡単に怒る事はないが、怒った時の浅丘は口調までもが荒くなる。それを聞くだけで正直怖い。
「はぁ…なるほど。道理ですね…」
そう言って壊れたドアを見つめる高槻である。
「ぁ…肇…。ドア…弁償するから…」
「構わん。壊したのは俺だ」
「でも…」
「構わんと言ってるのが聞こえないのか?」
「ぅ…はい…」
その代わり、二度と同じことはするなとしっかり釘を刺された俺が、大人しく頷いたことは言うまでもない。原因を作ったのは俺なのに、浅丘はやっぱり優しくて。ちょっとだけ自分から甘えてみたくなる。
「肇…、水…飲みたい…」
顔がとてつもなく熱い。きっと俺の顔は真っ赤で、浅丘にもただの甘えだというのはしっかりとバレていた。
「どうせ甘えるのなら素直に言えよ、庸二?」
「ぅ……その…キス…したぃ…」
「それでいい」
満足げに笑う浅丘の顔がアップになって、優しく唇を重ねられる。唇からなかなか奥に舌を入れてこないのは、ちょっとした苛めに近い。困ったように眉根を寄せながら、もっと欲しくて舌を絡ませて吸い上げる。
いつの間にか浅丘とのキスに夢中になっていた俺の横で、高槻が諦めにも似た溜息を吐いた。
「参りますね。そこまで見せつけられると自信失くしそうです」
「おー、失くせ失くせ。お前が諦めれば俺は万々歳だ」
「まさか。これくらいで諦められるくらいなら、昨日の時点で帰ってますよ」
どうやら諦めるつもりもない高槻はそう言って、俺の手をとるとその甲に口付けた。まるで王子様のようなその仕草があまりにも似合いすぎて、思わず照れる。
「内海さん。今度は俺にも、甘えてくださいね?」
「ぇ…あ、……うん…」
浅丘に似て、欲しいものは手に入れないと気が済まない性格らしい高槻は、めげた様子もなく笑いかけてくる。
思いがけず始まった俺と浅丘と高槻の奇妙な関係は、どうやらまだまだ終わりそうもないらしい。
END
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