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志音のValentine's Day⑤
悠さんの店に入ると、カウンターに立っていた悠さんが俺に気がつき笑顔を見せる。
でも……
「え? 何? 志音その格好……いくら何でも寒いだろ! どうしたの?」
悠さんは顔色を変えて俺に聞いた。
俺はそのままの格好で出てきてしまったから、部屋着にしているゆったりとしたトレーナーにジーンズ姿。勢いで来てしまったけど、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「……寒いから少しここにいさせて。ごめん、俺お金も何も持ってこなかった……」
悠さんはやれやれ、といった顔をして温かい紅茶を出してくれた。
「だから金持って無いんだってば……」
「いいよそんなの。どうしたの? 陸也と喧嘩でもした?」
「………… 」
心配そうに俺を見てる悠さん。俺は顔を上げられなかった。
「別に喧嘩じゃないんだけど……恥ずかしすぎて逃げてきた」
わけわからんって顔して悠さんが首を傾げる。そうだよね。意味わからないよね……
「今日ってさ、バレンタインじゃん?……俺陸也さんに喜んでもらいたくてチョコ、手作りしたんだ。陸也さん凄く喜んでくれたんだけどさ…… 」
やっぱり言えない……
自分が貰えなかったから拗ねてるなんて恥ずかしすぎる。
「……志音はさ、陸也から何も貰えなくて怒っちゃった?」
悠さんに図星を刺されて凄く焦った。思わず顔を上げると優しく笑う悠さんと目が合った。
「え、あ……うん……いや、別に期待してたわけじゃないんだ……それなのにふと気になって……俺にはないの? って聞いちゃったんだ」
ウンウンと頷きながら俺の話を聞いてくれる悠さん。
「俺にはないの? って聞いたらさ……そしたらさ……なんで?って言われた。なんで? ってなんで??」
言ってて更に恥ずかしくなる。
悠さんは俺の話を聞いた後ポケットに手を入れ「ちょっと待ってね」と言って少し後ろにひっこんでしまった。
電話かな?
悠さんが出してくれた紅茶を啜り、この後どうしよう……と、考える。先生だってわけわからないよね。突然俺が出て行っちゃって心配してるかもしれない。
帰って謝ろう……
しばらくすると悠さんがカウンターに出てきて、紅茶のお代わりをくれた。
「ごめんね悠さん。もうすぐ帰るから……」
いつまでもここで拗ねててもしょうがない。先生だって俺がなんで拗ねてるかなんて知るわけないんだから。
もしかしたら怒って帰っちゃうかもしれない……早く帰って謝らないと。
「いいよ、もう少しここにいな」
俺の頭に手を置き、優しく撫でる悠さん。
ありがとう。
「もうすぐお迎え来るから……許してやってね」
え?
悠さんの顔を見ると、困ったような笑顔を見せる。
「陸也はさ、なんつうの? 記念日だとかバレンタインだとか、そういうの全然気にしたことなかったんだよ。男だから貰うのが当たり前で、自分がチョコをあげるなんてハナっから頭にねぇんだわ……そういう所、全然気が利かねえの。でもさ、それじゃダメだよな。黙って志音が出て行っちゃって初めて気がついたみたいで焦ってたよ。俺、自分ばっかり愛されて喜んで何やってんだって。俺に向かって「志音の事めちゃくちゃ愛してんのに!」って言いながら必死に弁明してやんの。俺じゃなくて志音に直接言えってなぁ。まったく……」
「……陸也さんが?」
「そう、俺に電話よこしてきて焦ってたよ? 志音がいなくなった!って言って。物凄い反省してたからさ、許してあげてよ」
「………… 」
そんな恥ずかしい話を悠さんから聞かされていると、入口のドアの開く音がして冷たい空気が店に流れ込んできた。
振り返ると、そこに見えたのは大きな大きなバラの花束。淡いピンク色のバラと真っ白いバラの大きな花束で、持っている人の顔は隠れて見えない。
悠さんが目を丸くしている。
お店にいた他の客も入口の花束を持った人物に目をやる。
その大きな花束を抱えた人物はツカツカと俺の方へ歩み寄り、花束と一緒にカウンターに座る俺を抱きしめた。
「志音……ごめんな。気が利かなくて……」
涙声で、でもはっきりと俺の大好きな声が耳元で囁いた。
「志音、愛してる。一緒に帰ろ」
信じられない……
こんな大きな目立つ花束、こんな時間にどこで買ってきたんだよ。
「バカ……すげぇ恥ずかしいじゃん」
俺は必死に涙を堪えて、先生の胸を拳で叩く。
「ごめんな、志音。許して……」
「……泊まっていってくれたら許してあげる」
そう言って、俺は先生にギュッと抱きついた。
──志音のValentine's-Day 終わり──
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