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志音のValentine's Day④
練習したガトーショコラは上手くできた。
美味しかったし、これで大丈夫。
当日は、俺の家に来てもらって先生に食べてもらうことにしよう。
喜んでくれるかな……
楽しみだな。
バレンタイン当日、俺は朝から保健室へ向かった。
学校が終わったら俺の部屋に来てねって言おうと思って。
保健室の前まで来ると、数人の生徒が立っていた。中を覗いてみると、先生が何かを受け取っているところだった。
あ……
よそ行きの笑顔でその生徒にお礼を言ってる先生。
すぐに受け取ったそれがチョコだとわかってしまった。
嬉しそうに出てくる生徒を横目で眺め、俺も保健室に入る。
「先生おはよう」
俺はイラっとしながら、一応声をかけてからベッドに横になる。しばらくすると保健室から生徒がはけたのか、先生はドアを閉めて俺の横に座った。
「志音おはよ。なんかご機嫌斜め? どうしたの?」
いつもの笑顔で俺に話しかけてくる。
先生の机の上をチラッと見ると、チョコの箱が幾つか乗っていた。
「なあ……あれ、全部バレンタインのチョコ?」
顔を見ずに先生に聞くと弾んだ声が返ってきた。
「そうだよ。俺モテるんだよね。志音程じゃないと思うけどさ、今年は何個くらい貰えるかな」
そう先生は嬉しそうに答えた。
……なんかイラつく。
「今日さ、仕事終わったら俺の部屋来てよ」
俺がそう言うと、先生は「了解」と言いながら俺の頬にキスをした。
なんかモヤモヤする。
あれは義理チョコかな、本命かな……
そっか……俺、先生の受け取っていたチョコが気になってんだな。
それにあんな爽やかな笑顔で嬉しそうに受け取っちゃってさ……
まぁ、あの笑顔は作り物だって俺にはわかるけど、でもあんな笑顔向けられたらさ、相手だって喜んじゃうじゃん。
勘違いしちゃうかもよ?
先生は俺のだ……
あ〜やだ、また俺焼きもち妬いてる。
先生だってモテるんだしチョコの一つや二つ貰うだろう。俺だって毎年いくつも貰う。いちいち気にしてたってしょうがない。
家に帰ってから俺はキッチンに立ち、先生にあげるガトーショコラを作り始める。こないだ作ったように段取り良く進め、生地を完成させてオーブンへ入れた。
後片付けをし、部屋も綺麗に掃除する。
夕飯はどうしようか……
どこかに食べに行こうかな。
先生、何時頃来るだろう。
ソファに座りぼんやりとテレビを眺めていたら、俺はいつの間にか眠ってしまった。
「……あ」
玄関のチャイムで目が覚めた。あれ? 先生、合鍵あるのにどうしたんだろう。てか、待って? もうこんな時間!
俺はオーブンに入れっぱなしのガトーショコラを取り出し、カウンターにとりあえず置く。
ちょっとほったらかしにしちゃったけど、問題ない。上手く出来上がっていた。
俺がそんなことをもたもたとやっていたら、合鍵を使って先生が部屋に入ってきた。
「うわ! なんかいい匂い。志音ただいま 」」
「なに? ただいまじゃないでしょ! 遅いよ! 何やってたの?」
俺も居眠りしてたけどさ……先生来るの遅すぎだよ。
それにさ……なんなの?
「ねぇ、陸也さん……もしかしてお酒飲んでる?」
俺に抱きつく先生が、少しだけどお酒臭かった。
「ああ、悠のとこ寄ってきた。悠からもチョコもらったよ。志音のもあるよ」
なんだかご機嫌な先生。
来るのがこんなに遅くなった理由を教えてくれた。
先生の話によると、早く仕事を終わらせ出てきたところを生徒に捕まって告白され、適当にあしらっていたら泣かれてしまって必死に宥めていたと……そんなこんなしていたら、悠さんからメールが来てて、義理チョコやるから店に寄れって内容だったので悠さんとこへ立ち寄った。
悠さんからチョコをもらってすぐに出るのもなんだから、少し飲んでから俺のマンションへ向かった。
……だそうな。
色々と悶々するところがあるけど、なんか先生あっけらかんとしているし、イラっとしながらも俺はとりあえずガトーショコラを皿に乗せ、先生に見せた。
「これ……バレンタインだから、俺が作ったんだ」
先生は凄い喜んでくれて「俺って愛されてるな〜」とかなんとか言いながら、美味しそうに食べてくれた。
喜んでくれて嬉しいんだけど、ふと俺には何もないのかな? って思ってしまった。
俺はチョコが欲しくて作ったわけじゃないし、自分が先生にあげることしか考えてなかった筈なのに、本当にふと、そんな思いが頭に浮かんでしまった。
気づいたら、なんの考えなしに俺は言葉に出していた。
「ねぇ、俺にはチョコないの?」
すると先生はキョトンとして「なんで?」と俺に言う。
……え? なんで?
なんで? って、なんで??
「………… 」
ああそう、俺にはチョコをあげたいって思わなかったんだね。
それが分かって一気に虚しくなってしまった。
期待していたわけじゃないのに、なんで急にそんな風に思ってしまったんだろう。
なんであんな事を聞いてしまったんだろう。
やだな……みっともない。
いたたまれなくなった俺は黙って家から飛び出した。
だって恥ずかしくてその場にいられなかったから……
バカみたいバカみたいバカみたい……
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……
なんであんな事聞いちゃったんだろう。
上着も着ないで出てきちゃったじゃん。
寒すぎる──
泣きそうになりながら、俺は悠さんの店に向かっていた。
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