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バレンタインデー①/陽介&圭

圭ちゃんと離れていた期間、約二年。 辛くて死にそうな暗い日々を経て、そして再会。 桜の舞う春、ぽかぽか陽気に包まれ幸せな気持ちが身体中に広がるようなそんな季節に、新しい生活がスタートした。 奇跡のような偶然で、俺と圭ちゃんはお隣さん同士。新しい生活がスタートして早くも三年。ちょっと古いこのアパートも、隣に圭ちゃんがいるってだけでこんなにも快適で居心地が良いから俺は幸せ者だ。 今日もいつものように圭ちゃんの部屋で朝食をいただく。一度は別れを選択して離れ離れになったのに、こうやってまたやり直せている奇跡。それでも一緒には住むことなく、こうしてお互いの部屋を行き来している毎日だった。 「何で圭さんと一緒に住まねぇんだ? お隣さん同士で三年もいて同棲しない意味が俺には理解できねぇよ」 弟の康介が俺と顔を合わせる度にこうやって聞いてくる。たまに実家に帰れば会いたくもねえのに康介が家にいることが多くうんざりする。鬱陶しいったらこの上ない。康介といえば大学を無事に卒業して就職も決まった。そして修斗とルームシェアするからって連日のように不動産屋巡りだの家具屋だの雑貨屋だのとほっつき歩いている。浮かれポンチ期真っ只中だ。身内のノロケ話ほどつまらないものもない。 「別に手の届くところにお互いがいるんだからそれでいいだろう? いい距離感で上手くいってんだから余計なお世話だ」 四六時中恋人のことを幸せそうに喋っている康介の言いたいこともわからなくもないけど、俺たちは俺たちの生活の仕方がある。俺は何一つ不満なんかない。それに同棲してないって言ったって、大体がどちらかの部屋に泊まってるんだからほぼ同棲してるみたいなものだろう。 確かに最初は「同棲」も頭に浮かんだ。それは圭ちゃんも同じだと言っていた。でもその時俺は美容師になって一年目で、まだまだ一人前じゃないし、毎日のように練習だの講習会だのと職場から帰宅するのは午前様。圭ちゃんは圭ちゃんで、バンドとバイト、勢力的にライブ活動をしていたから俺との生活リズムは全くと言っていいほど噛み合っていなかった。だからお互いの合鍵は持つものの、同棲にまでは至らずにここまで来た── 「そういえば、明日ってバレンタインなんだな」 モグモグと可愛く口を動かしている圭ちゃんが俺の方を見もせずにポツリと呟いた。 今日は俺の部屋で夕飯を食べている。勿論圭ちゃんの作ってくれたハンバーグ。小さなテーブルで向かい合ってうまい飯を食うささやかな幸せ。なんでもない毎日でも、愛しい人がちゃんとそばにいるってだけでこんなにも穏やかでいられる。 「もうここ何年、何もしてねえな……」 確かに、高校の頃はバレンタインライブだの手作りチョコだのイベントに浮かれて楽しんでいたけど、働き始めてからは毎日がせわしなくあっという間に過ぎていったりで、気がつけばお互いチョコを贈り合うことがなくなっていた。最後のバレンタインの記憶は……圭ちゃんと別れる直前の、とても悲しい思い出だった。 「陽介は明日は?」 「俺は休みだよ」 ちょうどいいタイミングで俺は休み。一日フリーで空いていた。圭ちゃんはバイトとスタジオ練習があるけどそんなに遅くはならないらしい。 「折角だし、たまにはどこかで食事でもする?」 今更チョコを……って言うのもあれだし、ちょっと特別な感じで外食するのもいいんじゃないかなって思って、そう提案してみる。 「いいね! 久しぶりにデートだな。待ち合わせしてさ……あ! ちゃんとお洒落してきてよ」 ニカッと笑って俺を見る圭ちゃんに、つられるように俺も笑う。圭ちゃんの口から「デート」なんて言葉が出て、なんだか妙に照れ臭かった。

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