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バレンタインデー②/陽介&圭

次の日、俺は溜まっていた洗濯や部屋の掃除を済ませて買い物に出かけた。何日か分の食材や飲み物、日用品などをカゴに放る。料理は圭ちゃんがやってくれる事も多いけど、俺だってちょっとしたものなら作れるようになった。 買い物を終えレジに向かうと、ふとバレンタインコーナーが目にとまる。チョコは無しで……と圭ちゃんも言っていたし、立ち止まってしばらく考える。今日はバレンタインデートって事で食事をする予定だけど、やっぱり久しぶりにチョコを贈りたいなと思ってしまい、俺はそこにあった一番高価そうなチョコもカゴに入れた。 夜、圭ちゃんとの待ち合わせ場所に急いで向かう。 待ち合わせの時、俺の姿を見つけた圭ちゃんの嬉しそうな顔が見たかったから約束の時間の十分前には到着できるように早めに部屋を出た。 ちょっと肌寒いな……と小さく腕を擦る。圭ちゃんと付き合ってから何度こうやって待ち合わせをしてデートをしただろう。圭ちゃんはよっぽどの事がない限り遅刻なんかしない。いつも時間ぴったりに待ち合わせ場所にやって来る。少し不安そうな顔をして、キョロキョロして俺のことを探す圭ちゃんと目が合うと、一瞬にして笑顔が溢れる。そして「お待たせ」って言って足を早めて俺の元に来てくれるんだ。この一連の流れを見るのが俺は大好きだった。だから今日もこうやって圭ちゃんが来るのを待っている。 「……あれ? 時計進んでる?」 そろそろかと腕時計で時間を確認すると、待ち合わせの時間から既に五分が過ぎていた。俺の方が不安になり、その場で圭ちゃんの姿を探した。程なくして圭ちゃんの姿が視界に入る。少し慌てた様子でキョロキョロしている圭ちゃんに俺が声をかけると、息を切らして「ごめんな! 待たせた!」と駆け寄って来た。 「どうしたの? 遅刻なんて珍しいね……って言ってもたったの五分だけどな」 「あ……うん、ごめん」 遅れた理由でも言ってくれるのかと思ったけど、歯切れ悪く返事をされただけだった。まぁ、ほんと五分足らずの遅刻だし問い詰めるような事じゃないから、気にせずそのまま俺たちはレストランに向かった。 二人で来たのは最近オープンしたばかりのフレンチの店。カジュアルな雰囲気で価格も安いからそのうち行ってみたいよな……と二人で話していた店だった。予約無しで来たから、混んでいたら他をあたろうと言いながら店内に入ると、思ったほど混んではなくすぐに席に案内された。 「おぉ……見事にカップルばかりだね」 ちょっと小声で圭ちゃんが俺に言う。今日がバレンタインだからか、周りの客はほぼ若いカップルだった。年配の夫婦らしい客もいた。 テーブルの上のメニューに目を落とすと、通常メニューとは別にバレンタインのコースメニューも置いてあった。俺たちを席に案内した店員が、サッとそのメニューを下げようとしたから慌てて俺は「そのメニューも見せてください」と引き止めた。 だってこういうのは通常メニューより華やかで普段とは違った特別仕様になってるんだろ? 俺たちだってバレンタインのデートでここに来たんだから。男同士だからってメニューを下げられちゃ困る。 二人でゆっくりメニューを眺める。別にバレンタインのコースにこだわらなくても、通常メニューの方が美味しそうならそっちを頼もうと思ったけど、やっぱり二人同意見でバレンタインのコースに決めた。 「これ、俺たちもカップルなんですけど……男同士じゃダメですか?」 さっきメニューを下げられそうになったから、一応聞いてみた。一瞬店員は戸惑ったような顔をしたけどすぐに笑顔で「勿論大丈夫ですよ」と言ってオーダーを受けてくれた。 いつもと違った豪華な食事。二人で静かに料理を楽しむ。久しぶりのデートだっていうだけで気分が高揚する。店内のムードのある照明もあってか、圭ちゃんがいつもの倍以上に可愛く見えた。 「陽介? ニヤニヤして気持ち悪いぞ……」 「圭ちゃん……可愛い」 「あ? 可愛いって言うなよ……ばか」 俺以外が「可愛い」って言うと本気で怒る圭ちゃんだけど、俺相手だと照れて顔を赤くする。俺だけに見せる特別な顔。 「俺、ほんと幸せだって思うよ。これからもよろしくね、圭ちゃん」 首を傾げ圭ちゃんが俺を見る。「こっちのセリフだ」と照れくさそうに目線をそらす。きっと圭ちゃんも俺と一緒で特別な気分になってるんだろう。こんな恥ずかしそうな圭ちゃんを久しぶりに見れてなんだか嬉しかった。 食事も終え、綺麗に片付けられたテーブルにデザートが運ばれて来る。濃厚そうなガトーショコラに華やかなチョコでできたバラの花が添えられていた。周りにはラズベリーのソースがハート型に描かれていて、一目見て美味しそうだとわかるそれを見て、俺はちょっと溜息が出てしまった。 「どした?」 圭ちゃんが心配そうな顔をする。 「あ……いや、そうだよな。バレンタインのメニューなんだから、デザートはこう来るよな……」 俺はさっき買ったチョコのことを思い出し、やっぱり買わなくても良かったと少し後悔した。甘いの苦手じゃないだろ? と笑う圭ちゃんに、俺は正直にチョコのことを打ち明けた。 「チョコを贈り合うのは無しな……って言ってたけどさ、やっぱりチョコ渡したくてさっきスーパーで買っちゃったんだよ。ここでこんなに美味そうなデザート食うのに余計なことしたって思って」 俺がそう言うと、圭ちゃんはクスッと笑って席を立つ。どうしたんだろう? と圭ちゃんを見ていると、預けていたジャケットのポケットから取り出した小さな箱を持って席に戻った。 「はい、これ俺から。待ち合わせの前に買ってきた。大きいとバレちゃうと思ってポッケに入る小さいやつな」 差し出されたのは有名なブランドのチョコレートの箱。 「余計なことじゃねえよ? すごい嬉しい。おんなじこと考えてたんだな。いいじゃん帰ってから一緒に食べよ」 にっこり笑う圭ちゃんに、俺も嬉しくなって笑顔になる。 「あ……でも俺の、スーパーで買ったやつだから、なんかごめん……こんなにいいのじゃなくて」 高級チョコを受け取りながらそう言うと、半分こして食うからいいんだよ、と圭ちゃんは笑った。 ──バレンタインデー 陽介&圭 終わり──

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