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恋人って夢みたい
僕は薬屋のエルヴィン。
王都の西城壁門の傍に佇む小さなお店の店主。
僕の日課は2階の窓から早朝に城壁沿いを走る騎士様を見て、独りこそっと「おはようございます」って挨拶をすること。
来た来た、
「おはようございます」
タッタッタッタッ、とリズミカルな音。
今日もヴィル様はすこぶる元気です。
ヴィル様がこっちを向いて、手を振ってくれる。僕もそれに振り返して。
な、なんて甘いひととき。本当に恋人みたいだよ。そうなんだよ、恋人なんだ、恋人。信じられないけど。
デートの日から一週間ほどしか経っていないけど、2回、ヴィル様が閉店直前の店へ来て、一緒に閉店作業をして、晩御飯を食べて、ちょっと恋人らしく過ごしてから帰る、っていう僕からしたら夢のような時を送っている。
もう思い出しただけで頭が沸騰しておかしくなりそう。抱きしめられたり、軽くキスしたり、耳元で愛してゲフンゲフン、とにかく、とても健全なお付き合いをしてるんだ。
さ、さて、朝ご飯にはお気に入りのパン屋さんの丸パンに、昨夜の残りの風兎の肉が申し訳程度に入った野菜スープを食べて、さて、開店準備しよう。
看板を釘に引っ掛けて、掃き掃除をして、鉢に植えてある花に「おはよー」って言いながら水やりをして。
開店準備が終われば、後はお客様が来るまで、薬づくりだ。
「ちゃんと干せてるかな。…うん、いい感じ」
屋根裏部屋に干している薬草たちの様子を伺い、薬の在庫を確認して、作るものを決める。ヴィル様と採取した材料のおかげで薬作りも順調だよ。
「おはよーさん」
「おはようございます、隊長さん。ちょっと待ってくださいね」
いつもの、いつもの。
うん、ちゃんとある。
「いつものですね。ご確認お願いします」
「おう。1000ルッツな」
「はい、確かに」
「この間、どこぞの貴族と外に行ったらしいな」
「な、なんで隊長さん知ってるんですかっ」
「門兵は俺の部下だぞ? 連絡来るのは当たり前だろ。坊主に何かあったらじいさんに会わせる顔がない。で、その馬の骨は何て名前なんだ」
「う、馬の骨だなんて……。ちゃんとした騎士様ですよ。ヴィル様っていうお名前しか知らないですけど……」
「ヴィル? そんな奴いたか…?」
「紫色の目をした方ですけど」
「紫…? ちょっと待てよ……」
そんな奴いたかなんて、隊長さんそんな不安になるようなこと言わないで。僕だって実はヴィル様のこと何にも知らないし。遠くから見てただけの憧れの人なんだから。
なんだか隊長さん顔が青いけど、ヴィル様ってすごく位の高い騎士様なのかも。そうだよね、弟のメル様があんなに大きなお屋敷に住まれてるんだし、爵位が高くてもおかしくない。
「隊長さん?」
「いや、ああ、確かにいる。大丈夫だ、安心しろ」
「そうですか、よかった。これでいないって言われたら、僕誰と話してたのかって…。最近はお店にも来て下さるし」
「ここに来てるのかっ!?」
「そ、そんなに驚かなくても…。確かに騎士様がこんな所まで来るなんて珍しいことかもしれないですけど」
「あ、ああ、そうだな…。まあ、あまり失礼のない様にしろよ」
じゃあ、気を付けろよ、と隊長さんは念を押してから帰って行ってしまったけど、あんな風に言われると、ヴィル様とまた会うときに緊張してしまうよ。
そうだよね。
僕ってヴィル様のこと、メル様のお兄様で団長さんの小舅的な人としてしか知らない。立場のしっかりしてる人だと思うから、心配するようなこともないと思うけど。考えれば考えるほど僕と釣り合うような人じゃないよね…。
ヴィル様との格差を深く考えるのはやめておこう。うん。
そういえばメル様大丈夫かな。団長さんに僕から連絡を取る方法なんてないけど、メル様の容態が気になるな…。次に隊長さんが来た時、団長さんに連絡してもらうようにお願いしようかな。
さ、お仕事お仕事、調合の続きをしよう。
のど飴は長持ちするからたくさん作っても大丈夫だからね、いっぱい作っちゃおう。これに使うのはヴィル様が摘んでくれたジンガっていう薬草だよ。へへへ。
アルコールに漬けてたジンガ草は捨ててしまって、このアルコールに炎症を抑える効果のあるマイルっていうお花の花弁と水を入れて煮る。お花のピンク色が液体にしっかり移ったら、花弁を濾して、水分を飛ばして、樹蜜と蜂蜜を入れて練るよ。これを引き延ばして一口サイズに切ったら出来上がり。
お薬じゃなくて、お菓子作りだよね。味見もするよ。うん、甘くておいしい。お薬だけどね。
あ、飴を包む薬包紙が足りないな。他の薬の分もついでに買わなきゃ。あとお昼ご飯もね。
市場に行ってお昼ご飯を買ってベンチに座って食べていると近寄ってきた壁、もとい焔亭のマスター。
「よお、薬屋の坊主じゃないか」
「こんにちは。マスターもお買い物ですか?」
「ああ。仕入れだ、仕入れ。坊主が買い物してるなんて珍しいな」
「僕もちゃんとお店してるんですから、買い物だってしますよ」
「そうだったな、そうだった。じいさんの後ろに隠れてる印象が強いからな。商売やってること忘れちまう。悪い悪い」
おじいちゃんがいるときからのお客さんは皆こうやって僕の事を子ども扱いするんだよね。成人してから1年経ってるのに。15歳で成人だから僕は今16歳なんだけどね。
マスターはおじいちゃんと冒険者をしていた時からの知り合いというか戦友で、結構古いお付き合いだったみたい。僕がおじいちゃんに連れられて王都に来るまで、おじいちゃんは根無し草のような生活をしながら薬を売り歩いてて、たくさんの冒険者さんと伝手を持ってたんだ。
ちょっと頑固なところもあったけど情に厚い人だったから、冒険者さんにも慕われてたんだと思う。本当は僕が師匠って呼ぶにはおこがましいような人だったんだよね。
「それで、店はうまくいってるのか?」
「はい。生活できる程度には。祖父のころからのお客さんがよく利用してくださってるので、とても助かってます」
「そうかそうか。じいさんの薬を買うと他で買う気がなくなるからな。お前さんのもきっとそうなんだろう」
「薬に違いとかあるんですか?」
「当たり前だろう。じいさんのは上質だからな。他の薬師には秘伝だとか言ってヒントも教えなかったらしいけど」
うーん。普通にゴリゴリグツグツしてるだけだと思ってたんだけど、何かあるのかな。それで良質なものが提供できてるなら僕は嬉しいけど。
「初耳です。やっぱりおじいちゃんすごいや…」
「…いや、すごいというより、恐ろしい奴だったぞ。薬でAランクの魔物倒しやがるし」
「ええっ、薬で? そ、そんなレシピ教えてもらってない……」
「ありゃ真似せん方が良い。一歩間違えたら、自分も周りの冒険者も死ぬ。おーこわ、思い出したくねぇな……」
マスターでも思い出したくもないような惨劇があったんだ。マスターが遠い目をしてる。団長さんと同じ目だ。
僕に対しては本当に優しい人だったから、やんちゃしてるおじいちゃんが想像できないや。
「それじゃ俺はそろそろ行くな。また店にも食べに来いよ」
「はい。また珍しいお料理楽しみにしてます」
ひらひら手を振ってマスターは市場の人ごみに突っ込んでいった。皆がサッと道を開けるんだよね。
あの人にぶつかられたら僕は5マールぐらい飛ばされる自信があるよ。
帰りに雑貨屋さんによって薬包紙もたっぷり買ってきて、夕方から店も開けた。
早速、未包装だった飴を地道に包む作業に勤しむけど、この単純作業眠くなるんだよね…………
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