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初デート
僕は今日、ヴィル様とデートと言うものをするらしい。
全くこういうのが初めてだって知られてしまって、まずデートしようね、ということで、今日に至る。
ほんの三回しか会ってないのにお付き合いするのって、貴族の方には普通の事なのかな。僕は一年以上ヴィル様に憧れに近い片想いをしてたから、それが叶ったっていう思いだけど。本当に僕なんかでいいのかな。
僕の読むのは薬学の本ばかりだったから、こんな時のために恋愛物語でも読んでおけばよかったとすごく後悔した。
お付き合いって何をするのか基本的なことすらわからなくて、昨夜は頭を抱えっぱなしだった。
頭を抱えるだけで知識が増えるなら誰も苦労しないよね。
そして結局、頭が空っぽのまま、僕は迎えに来てくれるというヴィル様を店の前で待つことに。
馬の足音がして、メル様の所にいった馬車よりも一回り大きなものが僕の前にとまった。
護衛さんが開けてくれた扉の向こうでヴィル様がにっこりと笑い、おはよう、と声を掛けてくれる。
夢じゃなかったんだ…。本当にヴィル様が迎えに来てくれた。
もう顔がかぁって熱くなって、どうしようもなかった。顔が赤くならない薬でも新しく作ろうか。
「お、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「うん。一緒に楽しもうね」
「は、はいっ」
手を引かれて、僕はヴィル様の横に座った。
ヴィル様は皮の胸当てとロングブーツとマントの軽装備。隅に剣も立てかけてあって、やっぱり騎士様なんだなって納得。
なんでも様になる人っているんだね。なんだか纏ってる空気が違う気がするよ。僕が横を歩いていいような人じゃないと思うんだよね。
そのまま城壁門を抜け、外壁門まで。外壁門の詰所の横に馬舎があって、そこで馬車を降りるとヴィル様は馬を指さした。
「エル、ここから馬に乗るよ」
で、なぜかヴィル様と一緒に馬に乗ることになり、なぜかヴィル様の前に座らされてる。
首を傾げて、「ね?」攻撃は僕には効果抜群。断ることなんて許されません。
すっごく恥ずかしい。身体が火照りすぎて、顔も真っ赤なはず。息するのも大変なくらいだよ。
「落ちないように、俺に凭れてて」
「むむむむ無理です!」
「いいからいいから」
ただいま、腕の中に囲われています。有無を言わせず凭れさせられています。ギュっと引き締まった頼もしい腕ですね、ヴィル様。ヴィル様はスラっとしてますけど、しっかり鍛えてるんだと思います。とても素敵です。もう僕はあなたの魅力にクラクラしてます。
心臓もすごい音たててるし、この音ヴィル様に聞かれたらどうしよう。
考えたくないんだけど、僕の背中とね、ヴィル様の胸のあたりが引っ付いてるんだよ。ヴィル様のね、温かさがね、伝わってくるの。もうね、鼻血でそう。これなんて言う拷問?
「エル、顔赤い、可愛い」
ヴィル様がくすっと笑って、ポツリと呟いた。ちょっと許容範囲を超えてて、僕はその言葉を脳が理解できなかった。これは聞き流してよかったのかな。
目的地は小高い丘。あそこに何があるんだろう。薬草も取れるといいな。こんなに街から離れたのは初めてかもしれない。
「目を瞑ってて」
「…は、はい」
なんだろう。鳥の声と馬の足音、金属がこすれる音だけが聞こえて、ゆっくりと速度が落ちる。
手を引いて、ヴィル様が僕を支えながら馬から降ろしてくれる。
「はい。いいよ、エル。目開けてごらん」
わっ、
葉の色が見えないぐらい、丘のふもとまで一面が色鮮やかな花で埋め尽くされてる。本当に言葉が出ないってこういうことなんだ。
勝手に溜息が出てしまう。
「気に入った?」
「は、はいっ、ヴィル様。僕、こんなの初めて見て……」
あ、ダメだ。胸の中からぐっとこみ上げるものがあって。
「エル、泣いちゃった?」
「……ヴィル、さまぁ…」
「嬉しいな。そんなに喜んでもらえるなんて。やっぱり、連れてきてよかった」
えっと、えっと、僕、今どこにいるんだろう。真っ暗になっちゃった。もしかしてだけど、目の前にいるのってヴィル様なのかな。背中に回されてるのってもしかしてヴィル様の腕だったりするのかな。
ヴィル様の体温が伝わってきて、とても心地いい。
あのね、あのね。ヴィル様、大好きです。
僕、なんだかすごくふわふわしていい気持ち。
地面から浮いてるみたい。ずっとずっと憧れてた人がこんな風に隣にいるなんて。
「エル、すごく幸せそう」
ヴィル様の目を細めた優しい笑顔。まわりに光の粒が飛んでるみたい。僕はその笑顔に見惚れて、心が蕩けそうだった。
「……じゃあ、次はこっち」
肩を持たれて、反対方向を向かされる。
「…王都が……」
「そうだよ。良い眺めでしょ」
「はいっ」
すごい。王都全体を見渡せるなんて。こんな素敵なところ、来たことないや。ずっと王都に来てからは家に籠りっぱなしだったから。それにここは僕一人では来れそうもない場所だし。
「また、一緒に来よう。エル一人じゃここには来れないだろうから、俺が連れてきてあげる」
ヴィル様は僕の心がわかってるみたいにそう言った。
本当にいいのかな。こんな幸せでいいのかな。
しがない僕なんかを相手にしてくれるなんて、ヴィル様は本当にできた方だ。
その後、お昼ご飯の時にヴィル様とご飯を交換するっていう僕にとって悲惨な事件も…。だって適当に作ったサンドイッチ食べられてしまったんだよ。ヴィル様が食べるってわかってるならもう少し頑張ったのに。
ちなみにヴィル様のご飯は焔亭の串焼き。絶対こっちの方が美味しいのに。ヴィル様も焔亭に行くっていう新しい情報も得られたのは良かったけど。
ご飯を軽く済ませてからは僕の仕事を手伝いたいって言ってくれて、採取採取採取。丘には木の実や花も豊富で、胃腸薬になる実と美容にいい実もあった。王都の近くには生息してない喉や咳に効くものも発見。
食べられる木の実と毒になる実を紹介したら、ヴィル様にも護衛の方にも喜んでもらえたし、
「さすがだね」
って褒められた。うん、一応専門家ですからね。僕も少しは薬師として役に立てたかな。
それに褒められるとなんでも嬉しい。特に今の僕の気分は最高潮だからね。
夕方になると魔物も出てきやすくなるからと、日が傾き始めたころで丘を出発した。
ちゃんとヴィル様の前に乗せられて帰りました。
でも行きと違って、ヴィル様の傍にいるだけで幸せいっぱいで、ヴィル様に触れられることがもう嬉しくて、心がぽかぽかしてた。
ヴィル様達と店の前でお別れしてからもずっとほわほわ。家に入ってからは顔が緩むのを抑えなくていいから、枕を抱きしめてずっとぼーっとしながらニヤニヤしてた。
ちゃんとぼーっとしながらも、薬の材料の下準備はしたよ。
胸いっぱいで晩御飯も食べる気にならなくて。お風呂に入ってからもぼーっとしすぎて、のぼせちゃった。
ヴィル様の事考えると、胸がキューってなるんだよ。恋の病ってよく表現できてるよね。
今日はもう、いっぱいいっぱいだよ、
おやすみなさい。
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