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急展開!?
――翌日。
僕はメル様の部屋に入ってすぐ、頭を下げた。横で団長さんが驚いているのがちらっと見えたけど気にしないよ。
「――昨日、失礼をしてしまったみたいで、すみませんでした」
メル様は目をぱちくりとさせて、首を傾げた。けど、すぐに思い出したみたいで、困ったように眉を下げた。
「違うんだ。エルヴィンが悪いわけじゃないんだ。ちょっとこっちの事情があって……」
「ほ、本当ですか?」
「うん。……ごめんな。驚いたよな。だから昨日の事は気にしないで欲しい。本当にごめん」
「何かあったのか?」
メル様と僕の会話に団長さんが怪訝そうに眉を寄せながら聞いてきた。
「うーん、兄上がエルヴィンにさ……」
「は!? 部屋に来てたのか!? 帰ったふりして、どっからか入りやがったな…」
きっとヴィル様の事を話してるんだと思うけど、なんだか扱いが酷い気がする。団長さんと仲が良くないのかな。
かわいい弟を取られるのが嫌で団長さんを虐めてたりするのかも。うん、あり得る。
メル様と蟠りがあるままなんて嫌で、昨日お風呂に入りながらどう謝ろうってずっと悩んでたんだ。無礼があったわけじゃないって分かって良かった。
そして――、
思った通り、症状が出なくて薬は飲んでいなかった。魔道具が効いたってことだね。
呪術のことを団長さんから話してもらうと、メル様は原因が判明したことにホッとした様子だった。
「ありがとう、エルヴィン」
「…そんな、僕にはこれ以上は何もできなくて…」
「ううん。エルヴィンのおかげで希望が見えたんだ。俺にとっては本当に嬉しいことだから」
そういったメル様の花が咲いたような笑顔は僕の心まで温かくした。隣の団長さんと言えば、もう頬が緩みっぱなしで、僕はまた生暖かい目で見つめてしまった。
呪術に詳しい方にはすでに連絡を取っているみたいで、メル様が元気な姿を見られる日も近いかも。
そう思うと僕の心は躍った。
メル様の幸せそうな顔を思い浮かべながら、馬車に揺られていると、急に速度が落ちて、止まった。
もう店に着いたのかと思って小窓の外を見るけれど、まだ貴族街の街並み。
覗いていた窓とは反対側の扉が開いたかと思うと、良く見知った蜂蜜色の髪の人物が、やぁ、と乗り込んできた。
「ヴィ、ヴィル様!?」
びっくりしすぎて声が裏返ってしまった。
なんで、どうして、こんなところにいるの!?
混乱中の僕にもにこりと微笑んで、僕の隣に当たり前のように腰掛けて、御者さんに、出して、と声をかけた。急な展開過ぎて頭がついてこなくて、僕はだただたヴィル様の横顔をまじまじと見つめた。
結局、ヴィル様と店まで一緒に揺られ、なぜかヴィル様は居間にあるソファに長い脚を組んで座ってる。どんな仕草も様になる人だよ。
混乱しっぱなしで、横目でヴィル様をちらちら見ながら、台所でお湯が沸くのを待った。
「急にお邪魔しちゃってごめんね」
僕がお茶を入れて、テーブルに出すと、ヴィル様は顔を綻ばせた。
「い、いえ、こちらこそこんな家ですみません…」
「そんなの気にしなくていいから。ほら、それより横においで」
「は、はい」
ヴィル様はまるで家にいるかのように自然体で、僕の方がヴィル様の家にお邪魔してるような気になる。
頭がぼーっとしてるから、言われるままに動くことしかできなくて、深く考えずにふらふらと誘われるようにヴィル様の横に座った。
ほわんといい香りが鼻をくすぐって、それがヴィル様から漂ってくる香りだって気付いてから後悔したけど後の祭り。
心臓が一気に早鐘を打ち始めて、破裂しそうだった。
ヴィル様の腕の中に確保されてしまってるから、それを振りほどくなんてこと僕にはできないんだ。
「エル。弟の事、聞いたよ。本当にありがとう」
んん? エ、エル?
なに、その親し気な呼び方は。
「そ、そんな…。できることをしただけなので」
「他の薬師もわからなかったんだから、エルはすごいよ。たまに弟の話し相手になってやってくれると嬉しい。エルを気に入ったみたいだから」
「は、はい、もちろんです」
近い、近い、近い。
ヴィル様の体温が、体温が!
ぴったりと横にくっついてくるヴィル様を直視できなくて俯き加減の僕の顔をわざわざ覗き込んでくるんだ。
わざと? わざとなの? 僕は何を試されてるの?
「街で助けた子に弟の部屋で会うなんて思わなくて、驚いたよ」
僕もそれは同感です。
そっと僕の手を握ってくるヴィル様の手は温かくて。
って、どうして、手握ってるのっ。
「あれからエルの事、気になって仕方なくて…。エルに会うことが運命だったのかなって。――ごめんね、こんな強引に押しかけるみたいに来てしまって。迷惑だったかな?」
「…と、ととととんでもないです!」
そっか、良かった、とヴィル様は宝石のような瞳が見えなくなるぐらい目を細めて笑った。
僕に会うのが運命だなんて……。
その笑顔にくらくらして、このまま倒れそう。
「エル、顔が真っ赤だよ? 熱でもあるの?」
ごく自然に前髪を掃われて、おでこをピタッと合わせられて。
ぎゃ―――。
僕はどうしたらいいの。誰か、誰か助言を!
目の前にうっとりするほど美しい紫色があって、その瞳に引き込まれそう。
ヴィル様が何か言っていたけれど、のぼせてしまった頭では処理できなくて、僕はぼんやりとその瞳を見つめてただけだった。
大丈夫そうだね、とおでこを離したヴィル様はとても真剣な眼差しを僕に向けていて、僕はごくりと唾を飲んだ。
「――俺とお付き合いして欲しい。ダメかな?」
少し困ったような笑みを浮かべてるヴィル様に首を傾げられながらお願いされて、無理です、と答えられる強者がいるなら、今ここに連れてきて欲しい。
僕はただコクコクと頷いた。
でも、何を欲しいって言われたんだろう。えっと、何て言ってたっけ。
「あ、あの僕は何を……」
「うーん、やっぱりわかってないね。…こういうこと」
ふふっとヴィル様が軽く笑って、えっ、と思った瞬間にふっと軽く唇に柔らかいものが触れて、ヴィル様のぼやけたていた顔が徐々にはっきりと見えてくる。
「へ」
「こういうお付き合い」
キ、キスした……。
ヴィル様が僕にキス。
もう、ダメかも――。
「エル、大丈夫?」
あまりに端正な顔が目の前にあって、「わぁっ!」と声を上げてしまった。
驚いて飛び起きたせいで、ヴィル様と頭をぶつけた。正気ならぶつかるって当たり前に理解できるけど、その時の僕の頭の中はもう爆発一歩手前だったから仕方ない。
「すみませんすみませんすみません」
自分の痛みとかもうどうでもよくて、痛そうにおでこを押さえるヴィル様にひたすら謝った。
「もう大丈夫だから、そんなに謝らないで」
「で、でも……」
「大丈夫。俺が驚かせてしまったせいだから」
「そ、そんな……」
ね? と、微笑まれるともう頷くしかない。
僕の混乱が落ち着くまでヴィル様は背中を擦ってくれたけど、次は心臓がバクバクして、こっちが爆発寸前になっただけだった。
「それで、俺の気持ちわかってくれたかな?」
「……む、む、む、む、無理です!」
ヴィル様は心底驚いた様子で僕を見て、その後、目を伏せた。
「そっか……わかった」
その声には悲壮感が漂っていて、僕は慌てて、違うんですっ、と取り繕った。
「そうじゃなくて、その、僕なんかが……恐れ多くて……」
「俺が嫌いなわけじゃないの?」
「き、嫌いなわけないです! 僕、ずっとずっと前からヴィル様の事……」
あ、と思った時にはもう遅かった。ヴィル様の眼光が鋭くなる。
「ずっと前?」
「いえ、あの、その…」
「どういうこと? エル。俺の事知ってたの?」
問い詰めてくるまっすぐな目に僕はしどろもどろになって、変な汗が噴き出てくる。
「その……」
「その?」
「ま、毎朝、」
「毎朝?」
「……走られてる姿を見てたんです」
「走って……あ、そういうこと…」
ヴィル様の強い眼差しは一気に緩み、先ほどまでのような柔らかい表情になる。僕はほっと胸を撫で下ろした。
「毎朝、見てたんだ」
「う……はい」
「嬉しいなぁ。俺、エルに想われてたんだ。そっか、それなら想い想われる関係になれたんだね。――これからよろしく、エル」
よろしくって、なんでヴィル様とお付き合いすることになってるの。なにこの急展開。
「待ってくださいっ」
「ん?」
「ヴィル様は貴族で、僕はただの平民です。そんな方となんて僕は……」
「そんなこと関係ないよ。エルがいいんだ。それぐらいエルに惹かれてるんだよ」
ヴィル様の真摯な眼差しに捕らえられて、もう僕は逃げられそうになかった。
「だから、よろしく、ね?」
それこそ運命に頭を押されたかのように頷いて、その瞬間、ヴィル様とお付き合いすることが決定した。
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