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初めての・・・
僕の里にはしきたりがある。
想い合った者同士がその、そういった関係になる前にしなければならない契約があって、お互いの血を分け与えるという簡単な儀式で行われる。
相手に加護を付与するためのもので、相手を縛ったり、制約が発生したりするものじゃないとは聞いているけど、それ以外の事ははっきりとは知らないんだ。
もちろん軽い気持ちで交わすものでないことはしっかりと理解してるよ。
小さい時に恋人同士の龍たちがその儀式をしていたのを見て、とっても憧れたんだ。その二人がとても仲睦まじくて、素敵だなって。
僕がこのしきたりの大部分を伏せて話した時も、ヴィル様は僕のことを不審に思ったりせず、
『エルを伴侶にしたいと思ってるくらいなんだよ。エルのためにもそのしきたりをしっかり守ろうね』
と、快く受け入れてくれた。
龍と人の間にどういった効果があるのかはわからないけれど、僕の中にある龍の加護をヴィル様が受けられるなら、これほど嬉しいことはない。
そして今、ヴィル様と僕の血が数滴ずつ入ったワインがあって、二人でそのワインの入ったグラスを見つめていた。
「ヴィル様、本当にいいんですか? こんな怪しい儀式……しかも相手は僕なんですよ?」
「心配しないで。お互いの益になるものだって、エルも言ってたよね。それに俺はエルの事を本当に大切に想っているから、このぐらいの事何ともないよ」
優しい笑顔で答えてくれるけど、僕は不安だよ。本当に大丈夫かな。ヴィル様はそんな僕の手を取って、温めるように掌で包んでくれる。
ヴィル様は僕を信じてくれる。こんなどこの馬の骨かもわからない平民の、ただ弟のメル様を少し診たことがあるだけの薬師なのに。
どうしてなんだろう。
そんなヴィル様にどんどん惹かれてしまうよ。
「ね、エルはどうなの? 俺でいいの?」
「もちろんですっ! …僕はヴィル様しかいないから……」
「なら、俺と一緒」
ね、と言って僕を諭すようにヴィル様はいつもと変わらない甘い微笑みを見せてくれる。
僕はそれに頷いて、そろりとグラスを取った。
先にヴィル様に飲ませるわけにはいかないから、僕は先にグラスに口を付けて、濃いルビー色の高級そうなワインを半分、思い切って喉に流し込む。そしてヴィル様は僕の手からグラスを取ると、迷うことなく残りのワインを煽った。
ことりとグラスがテーブルの上に置かれる。
この沈黙の時間がこわい。
何か起こるのか起こらないのか。
数分間、神妙な顔をしながらお互いを見つめ合っていたけど、ヴィル様が急に噴き出すように笑い始めた。
「はー、ドキドキした。今のところ何もないけど、エルは?」
「僕も何とも…」
子供みたいに楽しそうに笑うヴィル様はとっても魅力的で可愛くて、つられて笑ってしまう。
「やっぱり、ヴィル様も少しは心配だったんですね」
「まぁね。昔から伝わるものって多少なりとも力を持っていたりするからね。表には出てこない何かには変化があるかもしれないけど、特には問題なさそうだね」
ヴィル様の言う通り体や魔力といったものに違和感はなくて、全く何も変わっていないみたいだった。
ヴィル様にも変化がないってことは、ぼくには龍としての加護する力がないのかもしれない。
それならそれで問題はないからいいんだけどね。でも少し残念。
「さ、食事にしよう」
「はい。すぐ用意しますね」
今夜この狭い家に泊まって行くらしい。
それを思い出して僕の心臓はバクバク言ってる。
おじいちゃんには悪いけど、こんな家にヴィル様をお泊めするなんてとても申し訳なく感じてしまう。
メル様とお会いしたあの豪邸を見てしまった後だし仕方ないよね。でもヴィル様とメル様が別に暮らしてるって事はあの家はお二人のご実家じゃないってことなのかな。
じゃあ、あの豪邸は団長さんの? 平民出の元冒険者のはずだよね? 冒険者ってそんなに儲かるものなの?
って、逃げに走ってる場合じゃなかった。
ヴィル様は宣言通りコトを行うつもりだろうし、僕も心を決めなきゃ。
晩御飯を食べて、今までと同じようにゆったりと過ごす。いつもと違うのはヴィル様が帰らずに一緒にお風呂に入ってるってこと。
恥ずかしくてたまらない…。
色々大人なことを教えて貰った日から何度かそういうこともしたけど、何も身に着けてない状態は初めて。しかもヴィル様の引き締まった体は眩しすぎて、目に毒過ぎた。お風呂に入ってない段階ですでに湯あたりしそうだったよ。
おじいちゃんがお風呂を広く作っていたお蔭というか所為というか、ヴィル様が一緒に入るって言いだして、勿論断ることなんてできなくて、後ろから抱きかかえられるようにしてお湯に浸かった――までは良かったけど、それから、体の隅々、もちろん行為に使うところも綺麗に洗われて、大事なところを弄ばれて、もうお風呂を出る頃にはぐったり。
のぼせそうな僕を魔法で少し冷やしてくれて、今狭いベッドの上で、ごろんと横になってるんだけど。もちろん二人とも裸で…。
「エルの家はほとんどお風呂で占領されてるね」
「…はい。祖父がお風呂大好きで、こんな家になってしまって」
「そっか、おじいさんには感謝しないとね。まさかこんなにゆったりとお湯に入れるなんて思ってなかったから、嬉しいよ」
とってもご満悦な表情。僕も嬉しい。けど、ゆったりなんてできなかった気がする。うん、ゆったりしてたのはヴィル様だけだよね。
それにしても、ヴィル様の上気した肌から男の色気が溢れ出てて、直視できない。けど、もったいないからしっかりと横目で堪能したよ。
「それに、エルとこうなれたことも嬉しい」
この真剣な目に弱いんだ。この鮮やかで蕩けそうな紫に捕らえられてしまったら、もう目を離せなくて。
ヴィル様の顔が近づいてきて、ああ、キスされるんだなって思いながら僕は目を閉じた。
ヴィル様は手慣れてた。
わかりきった事だけど。
初めては痛いと聞いたことがあるけれど、まったく苦痛もなくて。確かに違和感はあったけど、繋がってる高揚感でいっぱいだったし、体の感覚がおかしくなってたっていうのもある。
ヴィル様の綺麗な唇が体中に触れていくのを見てたら、おかしくなるに決まってるよ。
恥ずかしいけど、嬉しくて、気持ちよくて、熱に浮かされたみたいに頭がぼーっとして。ヴィル様が入って来た後はもうほとんど記憶にない。
ただずっとヴィル様の名前を呼んで、聞かせるには申し訳ない声を上げてたんだと思う。中も外も触れられてる総ての場所が熱くて、声を抑えるなんて考えられなくなるぐらい気持ちよかった。うん、気持ちよかった。
こんなの初めてで、しがみついているのが精いっぱいの僕にも呆れずに、ヴィル様は「愛してる」って甘く囁いて来てくれて、頭の中が蕩けそうだった。
ぐったりした僕をまたお風呂に入れてくれて、その、中に出された…――うん、やめておこう。
行為の最中も後もヴィル様はずっと優しくて、労わる言葉を何度もかけてくれてた。そんなヴィル様の虜になってしまうのも当たり前だよね。
もう離れられないなって直感した。
一緒にいられなくなった時が来ても、僕はずっとヴィル様を想い続けるんだ。きっとこれは龍の本能なのかな。相手を決めたら、ずっと一生涯共に過ごすものらしいから。
ちょっと母さんの気持ちが分かったかもしれない。
僕が目を覚ますと、すでにヴィル様は起きていて、身支度の最中。
「ヴィル様、おはようございます…」
ヴィル様はちらっと僕を振り返って、おはよう、って返してくれる。
なんて幸せな朝。走るヴィル様の背中に向かって勝手に挨拶してただけなのを思うと、信じられないことだよ。
でも僕って欲張りなんだ。
ああ、もう行っちゃうんだ、って支度をする背中を見て寂しく感じてしまうんだから。
「ごめんね、エル。本当はもっとゆっくりしたいんだけど、そろそろ時間だから行くよ」
服を整えたヴィル様は僕の顔を見て、困ったように微笑んだ。
う、顔に出てたかな…。
重荷にはならないようにしたいのに、今の僕って十分重いかも。忙しい中来てくれてるのに失礼極まりないよ。
何を言ってもボロが出てしまいそうで、感謝の気持ちも込めて微笑むと、ヴィル様は軽く笑って、僕の頬にちゅっと音を立ててキスをしてくれた。
見送りしようと思って、ごそごそと動いて足を降ろそうとしてると、ヴィル様が、いいよ、と言って僕を止めた。
「見送りはいいよ。今日はゆっくり休んで。初めてだったんだから体が辛いはずだよ」
「……でも」
確かに普段使わない筋肉を使った所為か体がギシギシ鳴ってるし、立てるか不安な状態ではあるんだけど、見送りをしないなんて僕には考えられない。そんな心境を察してくれたのか、ヴィル様は頭を撫でてくれる。
「気にしなくていいから、ね?」
僕はヴィル様の「ね」に渋々頷いて、布団にくるまったままベッドから見送るという、とっても礼儀知らずな行動を取らざるを得なくなった。
「すみません……」
「いいんだよ。――また近いうちに来るからね」
昨日はかわいかったよ、って去り際に耳元で言われて、頭が爆発するかと思った。蒸気を噴き上げそうなぐらい真っ赤になってる僕をみて、悪戯な笑みを浮かべるとヴィル様は部屋を出て行った。
「いってらっしゃい、ヴィル様」
ヴィル様の出て行ったドアに控えめに声をかけた。いってらっしゃいなんて直接言うにはおこがましいから。
もっと素敵な方と会う機会はたくさんあるだろうし、僕なんてきっとすぐに飽きられてしまうと思う。
でも、今そんなことを考えずに、愛する人と繋がれた幸せを噛みしめたい。
その日一日、ずっとほわほわした気持ちだった。
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