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治癒院
まだまだ夢見気分で、毎日指輪を眺めて一人でニヤニヤ。
調合していて気付いたけど、指輪に石が埋め込んであるから、引っかからなくて邪魔にならないんだ。もしかして、ヴィル様そこまで考えてくれてたのかな…。
どこまでも惚れこんでしまうよね。
何事もなく日々過ぎてたけど、またアレが訪れた。
前回から一週間ぐらいかな…。
朝起きると体が怠くて、頭も重い。前と全く同じ症状。自分では自分の事診れないのが問題なんだよね。
ちょっと治癒院に行ってみた方が良いかな。高いから嫌だけど、少し余裕もあるからこの際行ってみようかな…。
「おはよーさん」
「あ、隊長さん。おはようございます」
机に突っ伏してると、隊長さんがカウンター窓から顔を覗かせた。
すでに用意してた紙袋を手に取って、隊長さんに差し出すと、隊長さんが眉を寄せた。
「どうしたんだ? どこか悪いのか? 顔色悪いぞ」
「ちょっと体調が良くなくて…」
「大丈夫か?」
「うーん。原因がわからないから、お昼から治癒院に行ってみようと思ってるんです」
「坊主でもわからないことがあるんだな」
「知らないことの方が多いですよ。特に診療は専門外ですから…」
「そりゃそうだな。薬屋だもんな。ちゃんと診てもらってこいよ」
僕が、はい、と返事をすると、隊長さんは何か思い出したように、そうだそうだ、と言い出した。
「団長が戻ってきたぞ。ただ、戻ってからも色々と忙しいみたいでな。坊主の事は伝えてはいるんだが、時間が取れそうにないらしい。また近いうちに連絡する、とさ」
「ありがとうございます。団長さん、やっと帰ってこられたんですね。よかった」
「もっと早く帰って来たかったんだろうけどなぁ。なんせ結婚がかかってるから、途中で投げ出すわけにもいかない仕事でな」
「結婚、されるんですね」
「ああ、団長も苦労した口だからなぁ。早く幸せになって欲しいもんだ」
じゃあ、気を付けて行けよ、とお金を置いて隊長さんは去って行った。
そっか、団長さんはメル様の件で出かけてたんだ。戻ってきてるってことは解決したのかな? 元気になったメル様に早くお会いしたいな。
お昼までは店番だけにして、軽く果物を摘まんでから、治癒院まで乗合馬車で。治癒院は北西区画にあるから遠くて、流石に今の状態で歩いて行くのは辛い。
運よく混んでなくて、ほとんど待つことなく診てもらえることになった。
「こんにちは」
そういって僕を笑顔で迎えてくれたのは、小さい治癒師さん。目がクリっとしててかわいい。
こんな小さい子が一人で診てるんだ。すごい。成人したばかりかな。
でも、治癒師って確か、学園を卒業してからも数年見習い期間があるはずなんだけど。もしかして僕より年上なのかも。小さい子なんて失礼だよね…。
貴族しかなれない職業だから、治癒師さんって怖い印象しかなくて、治癒院に来たくない理由の一つなんだ。この治癒師さんは全く嫌な感じがしないから、良かった。
「エルヴィンさん、今日はどうされましたか?」
「えっと、体が怠いんです。頭も重くて…」
「症状はそれだけですか?」
僕が頷くと、治癒師さんはうーんと唸る。とにかく診てみましょう、と簡易ベッドに寝転ぶように言われて、それ従った。
「ちょっと触りますよ」
治癒師さんに頭から首、肩と順番に触られて、くすぐったいけど、我慢我慢。
ほんわり全身が温かいものに包まれてるような気分になる。
あ、と小さく治癒師さんが声を発して、手を離した。
何か問題があった?
「あの、何か……」
「心配いりませんよ。体調の悪さは慢性的な魔力欠乏が原因です。お子さんには影響ありませんし、大丈夫ですよ」
「え、……?」
おこさん、って何?
「まだ、検査されていなかったんですか?」
「え、は、はい」
「それなら丁度いいですし、しておきましょうか」
検査? おこさん?
治癒師さんは魔道具を僕のお腹に当てて、何かの検査をしてるみたいだった。
机の上に置いてある魔道具から、紙が出てきて、何やら文字が書いてある。こんな魔道具があるんだ。治癒院も最新式なのかな。
治癒師さんはその紙に目を通すと、うんと頷いた。
「エルヴィンさん、おめでとうございます。赤ちゃん無事できてますよ。エルヴィンさんは魔力量が多いから、お子さんも相当な魔力食いですね」
これは怠くなるかも、と治癒師さん。
あかちゃん、できてる? ……赤ちゃん? おこさん、ってお子さん?
どうしてどうしてどうして?
だって、赤ちゃんって、レーヴェの実を使わないとできない、よね?
実を使わずにできたなんて知られたら…。
「エルヴィンさん? 大丈夫ですか?」
「は、はい。う、嬉しくて、信じられなくて、ちょっと…」
「レーヴェの実も確率はあがってきてますが、まだまだですからね。何度も試されたんですか?」
「……はい」
「よかったですね。本当におめでとうございます」
「あ、ありがとうございます…」
治癒師さんはすごく嬉しそうな顔をして祝福してくれてるけど、僕の頭の中は真っ白。
「エルヴィンさんの魔力量なら、生まれるまで3ヶ月といったところですね。これからも魔力欠乏になると思うので、ご主人から魔力譲渡してもらってください。それでも足りないようなら、魔力回復薬を使ってくださいね。また二週間後にお子さんの様子診させてください」
「はい。ありがとう、ございました」
「お気をつけてお帰り下さいね」
お大事に、と見送られて治癒院を出た。衝撃が大きすぎて、乗合馬車の停留所で呆然と立ち尽くすしかなかった。
主人、なんていない。
でも相手は一人しかいなくて。
もしかして、僕が寝てる間に…?
何の得にもならないし、ヴィル様はがそんなことするはずない。それに、レーヴェの実は教会で二人で祈りを捧げて授かるもの。悪意のある使い方ができないようになってる。
じゃあ、どうして?
ある一つの不安が僕の中で頭をもたげる。
――僕が半龍だから?
半龍だからって、どうして…。
でも考えられるのはそれしかない。
自分が人じゃないってすっぽり頭から抜けてた。
ヴィル様と一緒にいれるのが嬉しくて、浮かれてたんだ。
馬鹿だ。なんて馬鹿なんだろう。
それに僕が半龍だって言ってない。ヴィル様を欺いてることになるのに。
それなのに伴侶なんて、何考えてるんだろう。
きっちりしろ、って団長さんにも強く言われたのに。
僕は――本当に馬鹿だ。
ヴィル様は貴族なんだ。そんな方の子供を勝手に身籠るなんてことになったら、僕が謀ったと思われるのは当然。とんでもない裏切り行為だよ…。
どうしよう。
その言葉だけが頭を占めて、何も考えが浮かばなかった。
家に着いて、僕はへなへなと床に座り込んだ。
お腹をゆっくりと擦ってみる。
まだ膨らんでもないぺったんこのお腹。
だけど――、
お腹に赤ちゃん…いるんだよね……。
ヴィル様の子。
『おめでとうございます、エルヴィンさん』
治癒師さんの笑顔が頭に浮かぶ。
赤ちゃんを授かることは祝福されることなのに、悪いことばっかり考えてたら、この子が望まれてないみたい。
そんなのダメだよね。ダメ。
ヴィル様との子供なら、僕はどんな形であれ授かれたことが嬉しい。
大丈夫。ちゃんと大切にするよ。だから安心して生まれておいでね。
「何があっても、絶対守るからね」
お腹がほっこり温かくなって、お腹の子が返事をしてくれたように思えた。
***
魔力回復薬を飲み始めると、体の怠さもすっきり。ヴィル様とその、あの行為をすると魔力譲渡になるから、あの時体調が良くなったんだね。
ほとんど魔力を使ってないのに魔力欠乏になるなんて思わなくて、まったく気づかなかったよ。確かに体の怠さって典型的な症状なのに…。
思い込みは薬師の敵っておじいちゃんにも口酸っぱく言われてたのに。もう最近ダメダメだよ、僕。
それにしても、自然回復が追い付かないぐらい魔力が必要だなんて知らなかった。
治癒師さんは僕の魔力量が、っていってたけど、やっぱり親に似るってことなのかな。そういうことならヴィル様が僕より魔力量が多いのかもしれない。やっぱりヴィル様はすごい人なんだね。
治癒院に行った日は自分の馬鹿さ加減にかなり落ち込んだけど、この子を守らないと、って思うとすごく前向きになれたんだ。
なかったことになんてできないし、この子を放り出すなんて考えられないからね。
それで、ヴィル様に全部打ち明けるって決めたんだ。
半龍であることを知ったらヴィル様はどうするかな。
赤ちゃんができたこと言ったらどうするかな。
騙してたことを軽蔑されて、暴力も振るわれるかもしれない。
僕の事、利用しようとするかもしれない。
ヴィル様はそんなことしないって信じてる。
でも万が一そうなったら、この子を連れて逃げないといけない。それだけは覚悟しておかないと。
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