30 / 54

騎士団団長①

「な、なんだこれ!」  俺は肘から下を失くし意気消沈とした部下を医療班の重傷者用テントに運び入れ、止血効果があると渡された怪しい緑の薬をその部下に渡し、上級治癒師の確保にテントから出ようとした時、その悲鳴のような叫び声が上がった。  何事だ、と振り返ったときに目に映ったのは、欠損部位がゆっくりと形どられ修復されていく様だった。  そして部下の片手には先ほど渡した薬の瓶。       欠損修復できる回復薬だとぉ?! 「良かったなぁ。これですぐにでも剣を握れるぞ」 「はい! 団長ありがとうございます!」 「ああ、その代わり、俺とちょっくら契約しようか」 「ひぃー」  笑いながら肩に手を置くと、部下は顔を真っ青にして、俺に化物でも見るような目を向けてきた。    さっさと『口外禁止』の契約を交わし、野営地に出回ってしまった薬をかき集めた。魔力が宿るその薬には魔力探知が有効で、比較的容易に回収できたのが救いだった。   「医療班、この薬運んできた奴は誰だ」 「知らねーっす」 「俺も」 「ああ、それなら城壁警備隊の奴らが抱えて持ってきてましたよー」 「でかした。お前ボーナスな」  やりぃ!、と歓喜の声を上げる医療隊員に背を向け、俺は物資用荷馬車の近くに張ってあるテントを覗いた。 「おい、この薬誰が持ってきた」  緑の液体が入った瓶を取り出して見せると、そこにいる城壁警備隊の兵士たちは口をそろえて言った。 「「「「「タイチョーっす」」」」」    ***  目の前で暢気に紅茶を飲みながら書類仕事に励む城壁警備隊隊長のバルトを見ながら、俺はしばしの間、意識を飛ばしていた。 「ま、ま、ま、孫だと…!?」 「何度もそういってるじゃないですか。それにしても団長は先代のじいさんと知り合いだったんですね」  あの鬼畜ジジイが孫?!  ありえねえ!    「ほんッとーに、西城壁門前の薬屋なんだな?」 「しつこいです、団長」 「………」  ジジイから味わわされた恐怖が思い出されて、冷静さを失ってたな…。  今はそんなことは問題じゃない。薬の事が優先だ。    「それで、あの薬、いくらで買った」 「試作品ってんで、タダでもらいました」 「ただ?」 「はい、タダ」 「ただ?」 「団長、タダっていう意味知らないんですか? 無料ってことですよ」 「んなこた、わかっとるわ! 今すぐ店行って言い値で支払ってこい!」 「ひぃー! 了解しました!」 「それとな、薬作った事口外するなって言っとけ!」 「はいぃ!」    数刻後、  「一つ30ルッツ? てめえ、なめてんのか? 頭カチ割ってやろうか? あぁ?」  バルドの胸倉を掴んで鼻先が付くギリギリまで引き寄せた。  バルドの尻ぬぐいが決定した俺の肩にポンポンと手が置かれる。副隊長だ。 「団長、本性漏れてますよ。そんな姿をあの方に見られたらどうするんですか?」  あの方とは俺の婚約者。あいつは冒険者をしてた時の俺を知っているし、こんなところ見られたってどうってことないが、『あの方』と言えば俺の激昂を抑えられるとわかっているんだろう。  副隊長の方が隊長に向いてるな、と次の配置転換の材料として頭に入れておいた。  舌打ちしながら手を離すと、バルドは腰を抜かしたらしく、ドスンと音を立てて床に尻もちをついた。 「三日後、その店に案内しろ。時間は追って連絡する」  ――そして、俺は初めてエルヴィンと顔を合わせた。  初対面では怯えながら席を勧めてくる、どう考えても鬼畜ジジイの孫に見えないそいつに俺は拍子抜けした。  だが、少ない機会だったがエルヴィンの評価は会うたびに変わることになる。    勿論、孫なんかでなく、混血種であることを隠すためにじいさんが隠れ蓑となっていたようだが、薬師の弟子には違いなかった。事実、内包する膨大な魔力とその安穏さは確かに規格外で、店を継がせるには問題ない逸材とも言えた。  とんでもない薬を無意識に作ってしまう上、その常識のなさにジジイの影がチラついて、身震いしたが…。  人の理を簡単に歪めてしまう恐れのあるものを安易に表に出してはならないと、言う意味を込めて、お灸をすえておいたが、通じているか不安だ。    そんなことを言っておきながらも、俺はその力を利用しようと半ば、脅す形で依頼を引き受けさせた。 「お前さんが最後の望みなんだ」  と、らしくないことを口走ってしまったのはこいつには全く敵意や欲というものがなく、体裁など必要ないと本能的に感じたからかもしれない。  できる限りの事はさせてもらいます、と俺の目を真っ直ぐに見返してくる目に、罪悪感が湧いてくると同時に力を悪用するなんてことを毛の先ほども思っていなさそうなエルヴィンに頭が痛くなる。 「エルヴィンってすごくいい子だよな」 「いい子というより阿呆の子だろう」  俺がそういうとメルは苦笑いする。 「そうだよなー。俺もそうは思うけど、だからこそ可愛いっていうかさ」 「悲しいほどによくわかる」  見た目は涼しそうな顔をしているのに、一言言葉を交わせば気の抜けた笑顔を浮かべる。しかも人を疑うということを知らず、肝心なことが抜けていて、危うい。どことなくメルと共通するところがあり、守ってやりたくなるようなタイプなのだ。  メルも少なからず同じ思いを抱いているのだろう。 「また、エルヴィン連れてきてよ。もっと仲良くなりたいし」 「深入りは感心できないな。メルも気付いてんだろ? あいつの事。」 「あー、うん。というかそれで助けてもらったし。契約もせずに力を見せるなんて、信頼されてるのか何も考えてないのか…。でも、そういうところ放っとけない感じ。――そうだ、店一人でやってるんだよな…。いろんな意味で大丈夫なのか…?」 「ヤバイもん売ろうとしてたのは何とか止めれた。釘も刺しておいたし、そっちは大丈夫だろう。城壁警備隊の隊長、知ってるだろ? そいつが店に頻繁に立ち寄って様子を見てるみたいだからな。監視という点でもこれからも続けてもらうつもりだ」  なら、少しは安心かな、とメルは笑みを浮かべた。  脅すような形になってしまったにも関わらず、エルヴィンはそんなことを微塵も感じさせないほど、メルに気遣いを見せるのだから、メルが気に入るのもごく当然で、俺の中でも評価はうなぎのぼりだった。しかも、あっさりと原因を見つけたことで、それは一層に高まった。      古代魔法の研究者の一人と連絡を取り、メルの体調不良の原因となっていた呪術の解呪に協力を仰ぎ、二月弱、その解決のために奔走することになる。  解呪が成功したと同時に式の準備、そしてたまりにたまった業務の消化に、俺は休む暇もなく駆け回っていた。  バルド経由でエルヴィンから連絡をもらっていたが、当のメルも時間をとれず、二人そろって休みを取れることになった時にはエルヴィンとメルを初めて会わせた時からすでに二月が経過していた。    そして、当日、馬車を走らせ店の前まで行ったが、そこにエルヴィンの姿はなく、日を間違えたか、と一瞬頭を抱えた。  店のカウンターの窓とその横にある扉はきっちりと戸締りされていて、中の様子は見えない上、魔力探知もできないほど強力な防壁が張ってある。周辺を探索するが見当たらなかった。  しばらく店の前で待っていたが、家の中から物音ひとつしないことを不審に思い、俺は騎士団本部へと馬車を飛ばした。  そこで、とんでもない話を聞くことになるとは考えもしなかった。         

ともだちにシェアしよう!