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冒険者①
ギルドの掲示板の前で俺は溜息を吐いた。
割の悪い依頼ばかりで、パーティーを組んでいる剣士のクレイグと魔術師のマルクに今日は休業だ、と告げる。
「呑むか?」
「そうだな。根詰めてたし、少し休むか」
クレイグに誘われ、俺もマルクも頷いた。
冒険者というものはその日暮らしの奴等も多く、あまりいい職業とは言えない。
が、ランクが上がると報酬のいい依頼も増えるため、高ランクの冒険者ほど金に困らない。それこそ一生遊んで暮らせる金を持ってたりする。
一番つらいのはそれなりに装備品が必要になるDランクCランクあたりだ。それを抜けると一流と言われる冒険者になり、Sランクはどこかしらの国から声が掛かり、爵位を与えられることになる。
まあ、国に縛られるのが嫌いな奴等ばかりで、爵位を放棄することの方が多いが。
ちなみにうちのメンバーはみなAランクで、これでもそこそこ名の知れたパーティだ。
酒場が開くのは昼から。それまでは市場で装備品やら携帯食やらを物色し、時間つぶしをしてから向かった。
行きつけの『焔亭』は元Sランク冒険者が開いた酒場で、出てくる飯と酒はすべてが絶品だ。冒険者、兵士問わず、その味を求めて訪れる。騒ぎを起こすと元Sランクの登場となるため、安全な食事処として住人にも人気がある。
この店が情報交換の場となるのは必至で、夕食時はむさ苦しいほどに満席となる。
昼間の空いた店内を見渡し、俺たちは店の奥の席を陣取った。早速エールとつまみを注文する。
昼から酒を愉しむ。極上の一時だ。
「あのモグラ野郎が出てから騎士団が出張ってるせいで、仕事が回ってこねーな」
「冒険者っていうより護衛ですね」
「まあ、報酬は弾んでくれるから、構わんが、腕が鈍りそうだな。そろそろ王都も離れるか」
「明日も依頼がなきゃ、北の遺跡に潜るって手もある」
「私はそれで構いませんよ」
「なら、決まりだな」
追加注文を何度か繰り返し、腹も膨れ、席を立とうとした時だった。
「イザーク。ちょっといいか」
マスターが直接声を掛けてきて、俺たちは顔を見合わせた。
頷くとカウンター越しに手招きされて、行ってくる、と仲間に声を掛け、調理場に入った。
休憩用の部屋らしきところに通されると、先ほどマスターと親しそうに話していた子供が身を縮めながら座っていた。
「こいつの話聞いてくれるか。隣町までの護衛依頼なんだが、ギルドで雇うには不安らしくてな」
助けを求めるように俺を見上げてくる子供。確かに見目が良くて、身ぐるみ剥がされて売られそうだな、と心の中で納得した。
「こいつはなかなか腕のいい薬師でな、伝手を作っとくのもいいと思うぞ」
「マスターがそんなこと言うなんて珍しいな」
こんな子供が『腕がいい』とは驚きだが、マスターが言うのだから間違いないのだろう。
じゃあ後は頼んだ、とマスターは席を外し、部屋にはその子供と二人きりになる。
「初めまして、エルヴィンです」
「俺はイザークだ。依頼を請ける際には仲間二人も一緒に雇って貰うことが条件だが、いいか」
「はい。よろしくお願いします。――…あの、ロタールという村はご存知ですか?」
エルヴィンと名乗った薬師は頷いたあと、恐る恐る俺の顔を窺いながらそう訊いてきた。
「ロタール? 聞いたことないな」
「ドールの少し北にあるんですが」
「ドールならわかる」
何か言い出しにくそうにしている様子の薬師に何となく依頼の内容が見えてくる。
「……隣町ってのは嘘で、そのロタールまで護衛して欲しいって言うことか?」
俺の機嫌が若干悪くなったのを察したのか、薬師の顔が青くなる。
「すみません。マスターに心配を掛けたくなくて…」
「そのための嘘だと?」
マスターを頼っておいて、欺こうとするやつの護衛なんざ受けたくないが、事情があるなら聞いてやらんこともない。
なにかやったのか?、と軽く興味本位で聞いてみると、薬師は少し迷っていたが、このままだと依頼を請けてもらえないと踏んだのか、訳を話し出した。
その内容は傑作で、貴族に襲われて強姦されそうになった所を薬を盛って逃げてきたと、だから見つけられる前にこの街を出て安全なところまで行きたいと、そういうことらしい。
俺は久々に声を上げて笑ってしまった。
こいつはなかなか根性のあるやつだな、と。
「そうか、貴族に一泡吹かせてやったのか。いいな、お前、気に入った」
貴族の横暴なやり方を嫌う冒険者は山といる。嵌められて、奴隷まで落とされた冒険者もいるぐらいだからな。全員がそうでないことはわかっているが、恨まれて当然の奴等だ。
「いいぜ。そのロタールって村まで護衛してやる」
笑いながらそう言った俺を薬師は目を丸くしながら見つめ、やがて、ほっとしたように肩の力を抜いた。
「ありがとうご――」
「おっと、ちょっと待った。お前、金はあるのか? 三人分。しかも全員Aランクだ。往復二月として、その報酬を払えるのか? マスターに頼まれたといっても奉仕活動は無理だぜ」
三人分、と呟いた後、薬師はこくりと頷き、ごそごそと鞄を探ると、「これで足りますか?」と不安げにコインをテーブルに置いた。
俺は愕然とした。
ちらっと見えた色にまさかとは思ったが、見まごうことなく白金貨だった。しかも六枚。
こいつは馬鹿か。
白金貨六枚で60万ルッツ。俺が半年かけて稼ぐ金額だ。この成人したばかりに見えるこの薬師が稼げるようなものではない。
「十分だ。だが十分すぎるな」
「僕がその村に行くことを秘密にしていてもらいたいんです。だから…」
「口止め料込ってことだな。でもな、それにしても過剰だ」
俺は四枚を掴み、薬師の手に握らせた。
「え、こんなに……」
いいんですか、と今にも涙がこぼれそうなほど目を潤ませた薬師に俺は笑みで返した。
「交渉成立だな」
ドーレ付近に未攻略のダンジョンがあるのも一つだが、報酬を安くした最大の理由は、この薬師を気に入ったからだ。
薬師って言うのは頭が固く、けち臭い奴ばかりだと思っていたが、そうでもないらしい。こいつは何も考えずに一人一月白金貨一枚という単純な計算で渡してきたんだろう。豪快なのか何も考えていないのか。
さっきの話といい、こいつは『狡猾』というものとは正反対の所にいるらしい。
ダンジョン開拓に行くついでの護衛と考えれば、この値引きぐらい易いものだ。逆に利益にさえなる。俺じゃなければ、ごっそり取られてただろうな。
――ああ、そうか、だからマスターは…、――なるほどな、マスターもお気に入りって訳か。
仲間の二人に事情を話し、準備もそこそこに王都を旅立った。
マルクは報酬の安さに不満そうだったが、エルヴィンに会わせた途端に態度が変わった。美しいものや可愛いものに目がない薄情なやつだ。
クレイグにも逃亡の理由を話すと、よくやった、とエルヴィンの頭を子供にでもするように撫でて笑っていた。
当の本人は複雑そうな表情だったが。
そりゃあ、襲われて必死に逃げてきたんだから、堪ったもんじゃないだろう。
初日で遠くに行けるところまで行きたいと言う要望に応え、馬を借りての移動になった。歩いて二日の距離を飛ばし、王都の次に大きい街に到着。
食事を取り、宿で泊まる。日が昇ると同時に街を出る。
これからはそんな状態が一月近く続くことになる。これはエルヴィンが望んだことだった。一刻も早くという焦りが見えていたが、それが何からくる焦りなのか俺たちには理解できなかった。雇い主が良いというのだから、俺たちが反対する理由もない。
初日に泊まった街以降は徒歩での移動だ。エルヴィンの歩調に合わせていると本当にドーレまで丸一月かかるかもしれないな、と三人で密かに話していた。
まあ、そんなことも言いながらも、共に過ごす中で、エルヴィンの根気強さに気付き、驚かされていた。見た目の軟さとは裏腹に日々の目的地まで歩を緩めることはない。こちらに気遣いさえ見せるほどだった。
俺が思う以上に彼は強いようだ。
そして6日目の夜。
「ちょっと、気になることがあって」
そう言いだしたのはマルクだ。
マルクはエルヴィンと同室に泊まり、なにかと世話を焼いている。遠慮がちだったエルヴィンもマルクに少しづつ懐いてきているようだった。そのマルクが一番に気が付くのは当然と言えば当然だ。
「どうかしたか?」
少し悩んだようだが、頭を振って、俺とクレイグを交互に見遣った。
「あの子、妊娠してるかもしれない」
「「―――はぁ!?」」
俺は余りの衝撃に身を乗り出してしまった。同じく声を上げたクレイグも。
「まあまあ落ち着いて。あくまでも予想ですから」
「な、なんだ驚かせるなよ…」
「でも、そうとしか思えないのも事実で…」
「おい、はっきりしろ」
俺が詰め寄るように言うと、マルクは、はー、と盛大に溜息を吐いた。
「朝起きて一番にお腹を擦って幸せそうに笑ってるのってどう思います? どう考えてもお腹に子供がいるとしか、ねぇ」
「まじか……」
「私に見えないようにしてるつもりなんでしょうけど、詰めが甘いというか」
まだ隠してやがったのか。
また俺たちを心配させないように、なんて言いそうだな。
「なぁ、それって大丈夫なのか?」
クレイグがまだ受け止められていないのか少し呆然としながらそう言い、俺とマルクが、なにがだ?、と返した。
「いや、なんていうか動きすぎ? 身重でこんなに歩いていいのか? 毎日毎日」
「っ! 確かに!」
「確実にあの子、無理してますね」
――絶対、白状させる。
三人で目を見合わせて、頷いた。
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