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騎士団団長②
扉の前に立つ部下に軽く手を挙げて挨拶を交わし、ノックする。
「ユリウス殿下、お話があります」
どーぞ、と中から適当な返事が飛んでくると同時に扉を開けた。
「今日、非番じゃなかった?」
「急用だ。エルヴィンが王都から消えた」
書類をめくっていた手が止まり、部屋の温度が急激に下がり始める。
顔を上げたユリウスは薄く笑いながら、俺でさえヒヤッとする冷気を帯びた目で俺を見つめてきた。
こいつ、エルヴィンに本気なのか?
「それどういうこと?」
「その前にお前さんに確認したいことがある」
ユリウスは逡巡したのち、部屋に結界を張る。
俺の言葉が真実なのか確認したのだろう。
睨みつけるように見てくるユリウスに内心苦笑いしながらも俺は問うた。
「エルヴィンと付き合っているというのは本当か?」
「本当だけど?」
「あいつはメルヒオルの恩人だぞ。また今迄みたいに捨てるのか?」
「……うん。って言ったらどうする? 団長さん?」
わざと人を煽る言い方しやがって。
ったく、ここまで来ても腹の底を見せたがらないのか?
「ユリウス、お前さんの本心が聞きたいだけだ。エルヴィンをどうしたいんだ」
ふん、と挑発に乗らなかった俺から顔を逸らし、溜息を吐いた。
「……伴侶にする」
「ああ、そうか、伴侶………って、はぁ?!」
「自分から聞いておいてその反応?」
王族に混血種の血が混ざるなんてことになったら、一大事だぞ…。
ユリウスはエルヴィンが混血だと知らないのか。
あいつ何考えてるんだ。こんな大事なことを黙ったままにしてるなんて。
俺の刺した釘が見事に刺さってなかったのか?
いや、刺さりすぎて人として生活してたのか?
後者が有力すぎて困る。
ごく自然に自分が混血って忘れてそうだな。
「いや、すまん。お前の口から『伴侶』なんて言葉が出るとは思わなかったからな。――それは本気なんだな」
「そうだよ。婚約者に婚約解消の申し入れをしてる。父もすでに了承済み」
「……陛下にはエルヴィンの事は話してるのか?」
「まだ。もう少しエルヴィンには名を上げてもらわないと、周りが納得しないからね。まずは王宮に抱え込むつもり」
俺は眉間を抑えた。混血が王宮で働くことはできないはずだ。
エルヴィンだけが悪いわけじゃないな。ここまでこいつの慧眼が鈍ってるとはな。
「ったく、お前さんの目は全く使えないな」
「……最近はまだまし。光の精霊は近くにいる」
「問題はそこじゃねぇ。エルヴィンは混血だ」
ユリウスは大きく目を見開いて、けれどすぐに納得したかのように肩を落とした。
「そっか……。あの時感じた違和感ってそれだったんだ」
「少しは引っかかってたんだな。お前さんの精霊はなんも教えてくれなかったのか?」
「基本、俺が話しかけない限り何も言わない」
そういって、ちらっと何もいない壁の方を向き、睨みつけていた。
「それと、レーヴェの実を食べた可能性は?」
「レーヴェ? 教会で祈りを捧げた覚えはない」
「なら、お前の子ではないな」
「何それ。どういう意味?」
「エルヴィンは身重だ。セレノアが治癒院で診たそうだ」
先ほどよりも大きく見開かれた目が揺らいだ後、ユリウスは酷く傷ついたような表情を見せる。
初めて顔を合わせてから5年。こんな表情は見たことがなかった。
「悪いことは言わん。エルヴィンの事は諦めろ。混血となれば陛下も黙ってないだろう」
ユリウスはギリッと歯を鳴らして、机の上に置いた拳を握りしめた。
内心、こいつがここまで感情を出すことに驚きを隠せなかった。今まで人形の面でも付けてるような印象しかなかったが、負の感情を剥き出しにしている目の前のユリウスは確かに『人』だ。
平民の妾の子が英知の証を授かるなんて、貴族からしたら皮肉以外のなにものでもないからな。感情を隠すことでこれまでやってこれたんだろう。
このユリウスの状態に俺はどこかで安堵していた。
『信じられない?』
声と同時に姿を現した光の精霊は机の上に座って足をブラブラさせている。
「エルが、他の男とできてたってこと?」
わずかにユリウスの声が震えているのは気のせいだろうか。
エルヴィンが二股するとは信じられないが。レーヴェの実を使っていないならば、そうしか…。
『違うわ。あの子の事』
どういうことだ?
その疑問を抱いたのはユリウスも同じだったようだ。
『ヴィルフリート、貴方はあの子の何を見てたの?』
光の精霊はユリウスに淡々と語り掛ける。
『伴侶にしたいという想いはそんなに軽いものなの?』
「違う」
『なら、どうして信じないの? あの子は貴方の事を信じ続けていたのに』
ユリウスは驚いたように顔を上げて、精霊を見つめた。
「……俺の、なのか?」
『さあ? あなたは信じられる?』
精霊は全部知ったうえで、こいつに言わないのか。
契約主を試すようなことするなど、聞いたことがないが、実際に行われているのだから、これは事実だ。
ユリウスは精霊に嫌われて…いや、好かれているのか。こんなに距離を置かれて、目も鈍っているのに、契約破棄されていないということはそういう事なんだろう。ユリウス側が精霊を受け入れていないのか…。
俺はただユリウスと精霊を見守った。
「信じる」
しばらくの沈黙の後、発せられた言葉に俺は目を瞠った。
「おい、ユリウス。その意味理解してるのか? お前の子供じゃなければ、王族に対する謀反とも取られかねないぞ」
「わかってる。エルは俺以外とはしてない。それなら、エルが身籠っているのは当然俺の子になる」
「どうしてそう言い切れる」
先ほどまでとは一転して、なぜか晴れ晴れとした表情をしてユリウスは穏やかな微笑みを浮かべている。
「エルだから、かな」
こいつは…。
その答えに、俺は口を噤むしかなかった。
俺も同じことを考えているのだから。疑おうとしても、エルヴィンを疑うという感情が働かないのだ。
俺はため息を吐いた。
『その気持ち忘れないでね』
ユリウスが強く頷き返すと、精霊は嬉しそうに光の粉を散らしながら笑った。
『心配しないで、ヴィルフリート。ちゃーんと貴方の子だから』
そうか。
ってそうなのか!?
そんなにあっさり……。
ユリウスはユリウスで、背もたれにぐったりと凭れかかって、盛大な溜息を吐いていた。
「子供産むにはレーヴェの実が必要だが、そこんとこどうなんだ。光の精霊さんよ」
『ヴィルフリートとあの子は番なんだから、実なんてなくてもできるわよ』
「「番!?」」
ユリウスが取り乱すのはなかなか見ていて面白いが、俺もそれを笑うことができないぐらいの驚愕の事実だった。
「番なんて、そんな契約――…、まさか」
『ピンポーン! あたり!』
「お前、意味のないことだって…」
『ちゃーんと、人間には、って言ったもーん』
なんだこいつら。
精霊が契約主を守ろうとしないとはな…。逆に嵌められてるのか?
「おい、ユリウス、番契約したのか? どうなんだ」
「……きっちりしたよ」
「あのなぁ! なんでそういうことを簡単に…――お前は次期王の自覚があるのか!?」
「あーそれ、もう聞き飽きた」
額に手を当てながら、反対の手をしっしと俺を払うように動かした。
そりゃあ、ずっと言われてきただろうよ。
『あの子も知らなかったみたいだからね、あの契約の本当の意味。許してあげてね。元はと言えば、あの子とセックスするためだけに近づいたヴィルフリートが悪いのよ』
「おい、なんか聞き捨てならねーことが聞こえたが? どういうことだ?」
「エルが俺に大好き光線出してくるから、抱いたの」
「ヤリ捨てるつもりだったんじゃねぇか!」
「言っとくけど、今は違うから」
「自慢げに言うことじゃねーだろ!」
『まあまあ、ヴィルフリートも今はあの子のためにつけ払いしてるんだから、許してあげて。私たちもあの子の近くは心地いいから、ヴィルフリートと伴侶になってくれると本当に嬉しいんだけどなぁ』
「――そのために、仕組んだってことか…」
『でも結果的に良かったんじゃない? 父王に許可をもらうにも決め手が足りなかったんだし。これ以上ないとっておきの一手だと思うの。だから早く見つけて捕まえとかないとダメよ』
再び、はぁ、と盛大に溜息を吐いて、ユリウスは椅子の背もたれに背中を預けた。
一気に気が抜けるのもわかる。
「場所、教えないつもりなんだ?」
『今までの悪行の報い。伴侶にしたいんだったら自分で見つけなさいよ』
「……了解した」
ユリウスは指を組んで、俺を見据えた。凛とした空気を纏う姿は間違いなく王子。
「今の状況は?」
「出門者とギルドでの護衛依頼の確認だな」
「捜索は極秘裏に。ギルドには俺も顔を出す。半刻後、門に来い」
まったく王族の奴らはどうやっても雅な風貌に生まれるらしい。メルヒオルに似たこいつに甘くなってしまうのはかなり不本意だが、今回は大目に見るしかない。
俺は大袈裟に膝をついて最敬礼の恰好を取り、ニヤリと笑ってやった。
「仰せのままに」
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