46 / 54

大切なもの

ヴィル視点 「おっまえなぁ! この阿呆が!」    エルを護衛していた冒険者パーティとマスターを見送った後、隣に座るジェラルドは鼓膜が破れるかというほどの怒声を上げた。  こちらはそれどころではないというのに。 「何? うるさい」 「黒の森まで飛ぶなんざ、一体何考えてやがる!」 「あのぐらいしないとあの人達、口割らなさそうだったし」 「だからってなぁ、そういうことは前もって言っとけ!」 「あそこにいた奴ならジェラルドとマスターでなんとかできたし、問題ないよね」 「………はぁー」  何を言っても無駄だと思ったのか、ジェラルドは心底疲れたと言わんばかりの溜息を吐いて、椅子にドスっと音を立てて座った。 「それに、今はそんなこと言ってる場合じゃないよね」 「分かってる。だがな、あんな無茶な転移の仕方はもうやめろ。いいな」  単独の転移では負荷はかからないが、六人となれば違ってくる。戻って来た段階で魔力は底を突きかけ、急激な減少で今すぐにでも体を横にしたいと思うほど倦怠感が襲ってきていた。  実際、イザークという人物が折れたタイミングはギリギリだった。ジェラルドが声を荒げるのもわかる。  けれど、なによりもエルの居場所を知るための鍵を手に入れたかった。どんなことをしても。 「………少しは悪いと思ってるから、許して」  ジェラルドは俺をしばらく見据えてから、また大きくため息を吐いた。 「――んで、どうすんだ、ユリウスさんよ」 「さぁ、どうしよう、か…」  内心頭を抱えていたのだ。  とんでもないものに手を出したかもしれないと。  蒼の番人が口にしたロタール。住人もその村の重要性を知らずに暮らしている。  しかし、その村には王に通ずる限られた者にのみ口承されるもう一つの名がある。  『龍の道』    龍の里を訪れる際、龍の迎えがなければ中に入ることはできない。その迎えと落ち合う場所が祠。そしてその祠を守り、人を欺くために作られた集落がロタールということだ。  エルがただの人であれば、辺境の村から王都に出稼ぎにきたとしか思わなかっただろう。 「どう思う?」 「ロタール、混血ときたらな…」 「…やっぱりそうなる?」 「おい、ユリウス、逃げに走るなよ」  俺が唸っていると、あ、やべ、と言って、ジェラルドが急に顔色を変えた。  どう考えても、俺にとって良くない話であることは予想が付いた。 「余計な情報、いらないから」 「……いや、悪い。お前さんに報告してないことがある…」 「なに?」  睨みつけるとジェラルドは渋い顔をして、何かを放り投げてきた。咄嗟に手を出して受け取ったそれは瓶だった。しかも緑の粘性のある液体が入った怪しげな得体のしれないモノ。    しかし、そこから感じられる温かみのある魔力にある人物を思い出し、心地よいと思うと同時に胸が締め付けられた。  ――会いたい。  その気持ちが心を占める。  郷で安全に過ごせているだろうか。  子供を抱え、不安に胸を痛めているのではないだろうか。  あの泣き虫、一人で泣いてはいないだろうか。   俺はその瓶を握りしめた。 「エル……」 「そうだ、あいつの作った薬」 「…なんでジェラルドが持ってるの?」 「……それな、欠損修復できる回復薬だったりするんだよな…」     ジェラルドに目を向けると、すでにもう確信しているという表情を浮かべていた。    もう可能性は一つしかない。  欠損修復という言葉ですべてが繋がった。 「遅すぎる」 「……すまん」  気まずそうに頬を掻くジェラルドに、俺は溜息を吐いて椅子に身を預けた。   だが、これで俺の心は決まった。    混血と言っても白龍となれば別物だ。  何の小細工もなしに、エルを伴侶にする、と父に言える。    そうとなれば、まずエルの無事を確認しなければ。  俺は龍の里に伝書魔法(とり)を飛ばした。  それから数刻後、長老から帰って来た返答に、ある日の記憶を思い起こすことになる。  疾(と)うに忘れてしまったはずの奥底に眠る記憶。  十の時、賢授式後に龍の里を訪れた際の話だ。  俺は手のひらを返す周囲の奴等を忌々しく思い、すべてに嫌気が差していた。一人になりたいと里を回っている時に見つけた湖の畔で、長老と父の長い談笑が終わるのを待っていた。 『わぁ、きれいな髪。はちみつみたい!』  そう背後から話しかけてきた5歳に満たないほどの子供がいた。 『わぁ、きれいな目。宝石みたい!』  俺が振り向くと、そういって言って無遠慮に俺の隣に座り込んできて、 『おにいちゃん、すっごくきれい』  と、俺が何も答えなくても、嬉しそうにずっと微笑みかけてきた。  『おまえ、馬鹿じゃないの?』 『バカ? なあに? それ』 『…何でもない。――なあ、俺がきれいに見えるのか?』 『うん! キラキラしてて、とってもきれい!』   目を輝かせながら、俺の事をきれいきれいと連呼する、白い髪で灰色の瞳という人間離れした色を持つ龍の子。   『やっぱ、おまえ馬鹿だろ』 『バカってなあに?』  あの時の会話を思い出して、自然と頬が緩んだ。  全く変わっていない、あの真っ直ぐな目、屈託のない笑顔。  俺は父にすべてを話した。  エルを迎えること、エルが白龍の混血であり、子を身籠っていること。そして、これからの計画について。  扉を開けて、そこに見えたのは、王都にいた時とは違う白い頭。 『また後でちゃんとお礼するって。今は急いでるから後にしてよ』  それは間違いなくエルの声。  こちらを振り返らずに、急いで薬を袋に詰め込むのは間違いなくエルの後姿。    胸に熱いものが込み上げ、俺はそれを必死に抑え込んだ。  名を呼ぶと固まり、俺の姿を瞳に映して、今にも泣きそうな表情を浮かべるエル。  抱きしめると、泣きながら俺の存在を確かめるようにしがみついてくるエル。      こんなところに大切なものがあったなんて。      あの時と変わらず、俺を真っ直ぐに見つめ、きれい、と言ってくれる存在。  絶対に手離してはいけない。    そう確信した。     

ともだちにシェアしよう!