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護衛官は見た -前編ー
十年後の話。新しい脇役。失礼な言い回しがありますが、作者の本意ではありませんのでご了承ください。
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辞令
近衛第二師団 ハンス・ボッシュ
本日付けをもって
近衛第一師団王妃付き護衛官に任命する
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朝、師団長からその通知を受け取って、俺の手は震えた。
憧れの第一師団。
ついについにこの時が!
そうだ、第一師団にはいらっしゃるのだ、あのお方が! あの『豪銀の貴公子』と呼ばれるレオンハルト様が!
優しく思いやりがあり、時に厳しく、陛下からも多大なる信頼を受け、剣術魔術の両方に長け、右に出る者はいない(団長は除く)と言われているお方。
そして伴侶である『小動物』と呼ばれるセレノア様を大切にされている紳士なお姿。俺にはそのすべてが憧れだ。
学園在学中のあの日、握手をしてもらった時から俺はレオンハルト様の虜なのだ。
流れるような白金の髪、青空のような澄んだ瞳。間近で見た興奮を俺は忘れない!
あれから十年、レオンハルト様を目標に幾多の苛酷な訓練を乗り越えてきた。今まさにその努力が実ったのだ!
「残念だけど、レオンハルト師団長は国王付きだからな。で、お前は王妃付きな」
なんだと!?
王妃? 王妃ってなんだ。
あの、ずっと部屋に籠ってるって噂の根暗王妃の事か?
もう8人も王子と姫産んで、シワシワのタルタルだろ。そりゃあ外に出てこれないはずだ。そんなの守る価値なんてあるのか?
「まあ、レオンハルトには朝礼で会えるだろう。ほらさっさと行け」
「朝礼ですか!?」
ってことはレオンハルト様と毎朝お会いできるってことか!
「師団長、今まで本当にお世話になりました!」
「ほいほい、新しいとこでも頑張ってくれや」
はぁ、本当にいる。
レオンハルト様が目の前でお話しされている。
「今日付で急遽配属になったハンスだ」
え、俺の、俺の名前、レオンハルト様がお呼びになった! まじか、まじか、まじか!
「どうした、ハンス。軽くでいい自己紹介を」
「はい! ハンス・ボッシュ、26歳。第二師団から参りました。魔術は火と風の中級まで会得しています。本日よりよろしくお願いいたします!」
おーよろしくなー、と周りから声がかかる。なんか小っ恥ずかしいな。
「よろしく。ハンスは俺の隊ね」
こ、これはディータ様!
学園時代はレオンハルト様と肩を並べ、副団長を務めるマティアス様と共に騎士団の御三家と呼ばれるディータ様!
今は王妃付き護衛官に甘んじているというが、きっと深いわけがあるのだろう。
「よろしくお願いいたします! ディータ隊長!」
「はは。元気いいねぇ。ハンスはレオンのこと大好きなんだっけ」
「なぜそれを!」
「騎士団では結構有名な話だからね。|だから(・・・)、王妃付きなんだよねー。心変わりが起きないことを祈るよ。これからよろしくね」
心変わり?
浮気心が生まれるとでも!?
そんなこと絶対にありえなーーい!
鼻息を荒くする俺を見て苦笑しつつ、俺を連れて両陛下の寝室へ向かった。
そして、扉横に立つ夜勤の護衛官に軽く紹介され、勤務を交替した。
「王妃様ー、迎えに来たよー」
ノックをしてからディータ隊長はごくごく親し気に部屋の中の人物に声をかけた。
ディータ隊長、その呼び方はいかがなものでしょうかね…。
扉が薄く開いて、小さい声で、ディー様、と聞こえた。隊長は勝手知ったる様子で俺に「待ってて」というと、スッとその隙間から中に入って行ってしまった。
そしてしばらくして隊長と一緒に出てきたのはケープに付いたフードを目深に被った人物だった。やはり顔を見せられないのか…?
「ま、半刻もすれば元に戻るでしょ」
「すみません。いつも…」
「ヴィルが悪いんだし、気にしないの。――あ、紹介するね。今日から配属になったハンスね」
その王妃と思われる人物は俺の方を向き直った。
「初めまして、エルヴィンです。ハンスさん、これからよろしくお願いします」
株を上げるためにもここはしっかり好印象を与えておかないとな。目指すは国王付き!
「はい! 王妃陛下! 私がしっかりとお護りさせて頂きます!」
「…ありがとうございます。ハンスさんってすごく頼もしいですね」
おし!
掴みはいいぞ!
ディータ隊長と言えば、王妃の横でニヤニヤしながら、その調子その調子、と俺に向かって言った。
なんと王妃は薬師だった。
なぜか王宮勤務の薬師がいるところとは全く違う、王妃専用の場所で薬を作っている。
目の前で俺たちの目を気にせずに調合をし始めた。その様子は手慣れたもので、俺は特にすることもなく、扉の横に突っ立っているだけ。
「ハンスにはまず仕事の説明しないとね」
ディータ隊長は王妃付きの仕事について、メモに記しながら俺に説明してくれた。
王妃付きの仕事としては護衛は勿論、薬の調合、薬草の栽培の手伝いや街にある薬屋への運搬などの雑用まで含まれる。これは王妃に関わる人間を最小限にするためだという。
「じゃあ、早速薬屋まで運ぶ商品を木箱に詰めて貰おうかな」
まあ、まずは雑用からだな。やってやろうじゃないか!
もともと薬屋をしていた人物を国王陛下が見初めたのだという。初耳だ。
その薬屋を今も密かに続けているらしい。
店番を売り子にさせている以外はすべて王妃自身が店の管理を行っており、俺がするのは商品を運び、売り上げや在庫などの伝票をもらってくるだけの簡単な仕事だ。
店を開かずともギルドや治療院に卸してしまえばいいのに、妙なこだわりがある。国王陛下もよく我儘を聞いてらっしゃるな。
ディータ隊長の指示を受けつつ、在庫表を見ながら薬を詰めていく。
これが騎士の仕事なのか疑問だが、より高みを目指すためにはこの仕事を乗り越えてこそ!
「その木箱、重りが詰めてあるし、訓練にもなるよ。頑張って運んでねー」
「かしこまりました!」
なるほど、こういった雑務の中にも訓練を取り入れているのか! やはり、ディータ隊長、素晴らしい!
薬を詰め込んだ木箱を荷車に載せるまでを行い、これを昼の鐘3つまでに店に運ぶという。
「お茶淹れたので、どうぞ」
「ありがとー、エルちゃん」
「頂きます!」
王妃はなんだかんだ人は良さそうだ。新顔の俺に対しても特に分け隔てなく接し、さり気なく気配りのできる人物のようだった。
なかなか悪くない、と思いながら、王宮に流れている噂を思い出した。
前は王宮警備を担当していたが、王妃には出逢ったことがなかった。すれ違ったこともなかたっため、王妃の情報はほぼ噂だけなのだ。
王妃を直接見たことのある者が少なく、噂は噂を呼び、王の趣味は悪い、王妃の顔はひどすぎて見られない、肖像画は偽物だ、など言われている。
王に似て王子と姫は大層美形揃いなのだが、王妃に似なくて良かったという声を聞いた同僚もいて、噂は信憑性を増したともいわれている。
まあ、俺はシワシワタルタル王妃なんかに興味はないし、噂もどうでもいい。レオンハルト様の隊に配属転換してもらえるようにゴマをするだけだ。王妃の耳から入れば、国王陛下にも、ぐふふ。
「エルちゃん、そろそろとっても大丈夫じゃない? 作業しにくいでしょ?」
「あ、はい」
どれどれ、とディータ隊長は王妃のフードを覗き込み、もう平気、と頷いた。その声に王妃はホッとしたように息を吐き、フードを捲った。
首にかかる長さのさらっとした白糸が揺れた。
は?
は?
は?
だれ?
王妃?
全体的に色素が薄いのに頬と唇がピンクに色づき、何とも愛らしい。白い髪に灰色の瞳という人には見えない姿。――いや、王妃が龍と人の混血って言うのは誰もが知ってることなんだけどな。ただ、俺は今思い出した。
そして顔に皺ひとつなく、つるっとした卵肌。どう見ても年下。
「…シワシワのタルタル……じゃない…だと…?」
というか、え、マジ……なにこの、神々しいかわいさ。天使? 天使が下りてきたのか?
これで8人産んでんのか? は? マジ?
ぶふーっ、と王妃の横でディータ隊長が噴き出した。
「シワシワ…? うそ、皺いってた?」
王妃は真っ赤になりながら、自分の背中を振り返ったり、服を持ち上げている。
ぐふっ、天然というやつか!?
「大丈夫、服の事じゃないから。今ハンスが言ったことは忘れてね」
「そ、そうなんですね。なんだ、びっくりした…」
「ハンス、エルちゃん見て驚いて変なこと口走っちゃっただけだからねー」
「あ、そっか。ハンスさん、驚きましたよね。僕、混血だから、こんな色なんです」
「……それは存じ上げています」
「そ、そうだよね。皆知ってるんだった」
じゃあ、なんで?、と一人で首を傾げている王妃を、気にしないで、とディータ隊長が調合台に向かわせた。
「ハンス、今の国王陛下の前で漏らしたら、黒の森観光に行けたよ」
なにその、黒の森観光って。――もしかして黒の森に転移させられるってことか!?
さーっと血の気が引いて、俺は口を押さえた。
「大丈夫大丈夫。王妃の悪い噂は故意に流してるし、そう思うのは仕方ないよね。……だからって、シワシワのタルタル……ハンスひっど!」
「ぐっ! 命の危機感じましたから、決して口にしないと誓います!」
酷い酷いと言いながらも笑い続けるディータ隊長に王妃が、大丈夫ですか、と茶を勧め、俺にも勧めてきた。
「あ、ちなみにハンスと同い年だから。ほどほどに仲良くしてあげてね」
「はい! かしこまりました!」
王妃が俺の顔をまじまじと見てから、よろしくお願いします、ハンスさん、と頬を少し染めて破顔した。
ムッハ――――っ!
なんじゃこの可愛さ!
これで26とかマジかよ。
ってことは、待てよ、マルセル殿下が先日10歳になられて、……は? 16で産んだのか?!
ふっ、国王陛下、流石だな。既成事実をさっさと作ってしまえば逃げられない、と子を仕込んだな。下世話な話だが、確かにこりゃ逃がさんわな。
「……なんか嬉しい。あんまり同じぐらいの人周りにいなかったから」
「そうだよねー。エルちゃんの周りにはオジサンが寄ってくるもんね」
「なんですか、そのオジサンが寄ってくるって…」
「年上の人に可愛がられるってこと」
「あぁ! 確かに皆さん良くしてくださいますよね。いつまでも甘えたらダメだって分かってはいるんだけど…。僕と違って、ハンスさんはしっかりしておられて、羨ましいです。僕は頼りないのか年相応には見られなくて」
「いえ、こうしてお仕事に励んでおられるのに頼りないとは、その輩に見る目がないというものです!」
「ハンス、言うねぇ」
「…ハンスさん…。そういって貰えると、本当に嬉しいです」
と、目を輝かせ嬉しそうに微笑んだ王妃に、
俺は密かに恋をした。
そして、この人を必ず守り通すと心に決めた瞬間だった。
王妃の笑顔に見惚れていた俺にはディータ隊長の、あーあ、という声は聞こえなかった。
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