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僕の自慢の両親
マルセル視点
僕はマルセル・エリク・オストワルト、8歳。
オストワルト王国の第一王子。
もちろん、僕の父上と母上は国王と王妃。
おじい様にあたる国王陛下が先日退位されて、父上が王位を継がれ、国王になられた。
父上は僕から見ても、すごくカッコイイ。特に紫の瞳は僕でさえ見入ってしまうほど綺麗で、母上が父上に見惚れてぼーっとしてしまう気持ちもわかる。
国王になってからそんなに経っていなくて、忙しい日々を送られているのに、イライラしたり慌てたりしないで、紳士的な対応をされている父上は僕の憧れであり、尊敬できる人なんだ。
母上は白い髪に灰色の目をしていて、人に見えない。実際、混血で龍の血が入っているんだけど。
最近は温室での薬草栽培に凝っているのと調合室に籠っているせいで、肌が白くなってしまって、天使にしか見えない。
僕が言うのもなんだけど、本当に絵本に出てくるような、教会の壁画にある天使ような姿をしていて、とっても高潔に見える。
でも、色々と残念な所多い。だからこんな姿をしていても、崇拝されるんじゃなくて、可愛がられているんだと、最近僕は理解した。
エントランスで弟と妹に囲まれて微笑んでいる姿はそれはもう可愛くて綺麗で、僕に気付いて、「おはよう、マルセル」と言ってきた優しい笑顔の母上に満面の笑みで返してしまう。悔しい。
ディータが言うには僕は反抗期らしい。でも母上の笑顔の前ではどうでもよくなってしまうんだ…。
母上が立ち上がって、僕に向かって歩いてくるけど、服装がどう見てもおかしい。
「母上、どうしてそんな格好してるのですか?」
「え、えっと…今日じゃなかったっけ、入学式…」
「そうですけど、流石にそれは…」
母上はどう考えてもネグリジェにしか見えない白いロングワンピースの腰をベルトで留め、その上にショールを掛けただけの姿で僕の事を待っていた。
「父上は何も用意して下さらなかったのですか?」
「…昨日から忙しくて、朝も早くから学園に行っちゃったから…」
僕は溜息を吐いた。
龍の里に住み、おしゃれする必要もなく育ったため、母上は全く外見に頓着のない大人になってしまったようで、それは王太子妃のときも王妃になってからも変わらなかったみたいだ。父上もここまでとは思っていなかったらしい…。
「これ、すごく気持ちいい生地で綺麗だったから選んだんだけど、ダメ、かな…?」
「……母上、それは寝るときに着るものです。今すぐ着替えに戻りましょう」
「そ、そうなの!? …す、すぐ着替えるね。服はマルセルが選んでくれる、よね…?」
顔を真っ赤にする母上は、きっとこのまま式の会場に行った時の事を想像してるんだと思う。僕の顔色を窺いながら聞いてくる母上は、叱られている子供みたいだ。
これは確実に、父上のいたずらだ。しっかり式服を用意してあるはず。父上が母上の事を放置するなんてありえないから。
今頃、場違いな服を選んで、恥ずかしそうにする母上の姿を想像してニヤニヤしてるに違いない。
基本的に母上には使用人は付けずに、身の回りの世話は父上が全部してるから、こんなことも日常茶飯事。国王がするなんて、普通はありえないんだけどね。
どうしても父上ができない時は、王妃付きのディータが代わりにする。護衛官なのに使用人扱い。本人もまったく気にしてないみたいだから、いいんだけどさ…。
「やっぱりあった」
衣装部屋の見つかりにくい場所に固めて置いてある服一式を見つけて、僕は母上を呼んだ。
「よかったぁ。ちゃんと用意してくれてたんだ。あとでちゃんとお礼言っておかないと。マルセルもありがとう」
そういって嬉しそうに微笑む母上。
父上はストレスが溜まるとこうして母上に悪戯をして楽しむ。母上はこんな風に恥ずかしがったり慌てたりするけど、最後は父上に丸め込まれて、もう、って言いながらも笑顔になる。その母上の笑顔に癒されて父上は執務に集中できる、と、このサイクルでこの二人は成り立ってるんだ。知らないのは母上だけ…。
今日は入学式。
去年までは10歳からだったんだけれど、今年から8歳から学園に入学する。実践教育が重要だってことになって、二年前倒しで一般教養を学んで、その後卒業までの二年間、実地で課題をするという、教育方針に変わった。
僕の入学に合わせて計画されていたみたいで、僕は第一期生となる。
門前で馬車から降りる段階から、母上は注目の的だ。なかなか表に出ないし、公衆の面前に晒すと母上が減ると意味の分からないことを言う父上の所為で、母上はあまりよく言われていない。僕は可愛くて綺麗な母上を自慢して回りたいのに。
今もベールで顔を隠して、ディータの陰に隠れるように、明らかにビクビクしている母上。
このベールはたくさんの視線に晒される母上を守るための物でもあるのかもしれない。父上はそれを分かっておられるんだろうか…。
「わぁっ」
会場である講堂に入ろうとすると、横から母上が連れ去られた。ディータが反応していないなら相手は一人しかいない。
母上は案の定、父上の腕の中で、いつもよりもかっちりとした礼服に身を包む父上を見て、母上はもううっとりしてる、と思う。ベールで見えないからわからないけれど。
「エルはここじゃなくて、専用の部屋に行くよ。マルセルはどうする? どちらでもいいけど」
「僕は講堂で皆と一緒に式に出ます」
「じゃあ、ディータはマルセルに付いて」
はいはーい、とディータは相変わらず軽い返事をして、僕に付いてきた。
式の途中に父上が壇上に上がり、挨拶するという、少し気恥ずかしくなる場面もあったけれど、入学式は滞りなく終わりを迎えた。
僕を含めた生徒たちは一度教室に向かい、そこで学園の説明を受けた。
「あれ、母上は?」
外に出て、待っているはずの母上が見当たらず、僕はディータを見た。
「うーんとねー、先に帰っちゃったんだよね。というか陛下が連れて帰ったというか…。だから、殿下はお一人で帰ることになりました」
「……わかったよ。それじゃあ帰ろ」
「どこか寄って帰らなくていい?」
「どうして?」
「せっかく王宮から出て来たし、何か美味しいものでも食べに行かないかなーって」
ディータはきっと僕に気を使ってくれてる。今日は僕のために母上は出て来てくれたのに、父上に連れて行かれてしまったから。母上と帰りにどこか最近流行のお店に寄っていければって本当は思ってたんだ。
でも、母上にとって番である父上が全てだから、子供である僕、もちろん弟や妹も父上の次になってしまうのは仕方ないことなんだ。別に酷いことじゃない。母上には当然の事で、それを歪めようとすれば、きっと母上は心を痛めてしまうことになる。
「なら、最近できたパフェの店に行きたい」
「情報早いねー。いいよ。いこいこ」
ディータは僕の肩を押して馬車に押し込んだ。
「おいしそう!」
たっぷりのクリームに果物がたくさん盛られたパフェに声を上げてしまった。悔しい。
その甘いクリームと酸味のある果物を頬張っていると、ディータが肘をつきながら僕を見て、微笑んでいた。
「こうしてみると殿下もまだ子供だねー」
「…どういう意味だよ」
「うーん、無理して大人のふりしなくてもいいよ、ってこと。もう少し二人にわがまま言ってもいいと思うよ?」
「……別に不満があるわけじゃないし…。父上も母上も僕の事考えてくれてるってわかるから、いいんだ」
「そう? 本当にしんどくなった時はちゃんと二人に相談するんだよ?」
「…うん。わかった」
僕の周りには本当に優くて頼りになる人が多い。ジェラルドもレオンハルトもセレノアもジークベルトもマティアスも。そして酒場のマスターまで。
けれど、すべて父の友人であり家臣。僕のじゃない。
父上と母上の周りには、なぜかそういう人が集まって、二人を守ってる。人望があるっていうんだっけ、こういうの。
父上は学園でディータ達に会えた、って言ってた。僕も学園で信頼できる友人に出逢えるかな。僕もいつか父上の様に…。
「おかえりなさい! マルセル」
「おかえり、マルセル」
僕が居間の扉を開けると、そこには父上と母上が待ち構えていた。
「父上、母上…」
「あ、あのね、マルセル」
母上が顔を赤らめながら、僕に近づいて、手を取った。
「今日は…母さんがご飯作ったんだ。いつもよりは美味しくないかもしれないけど…、今日は特別だから、何かしたくて、」
もしかして、このご飯を作るために先に…?
「入学おめでとう、マルセル」
そういって、胸に包み込むように母上が抱きしめてくれる。そしてその上から父上も。
「おめでとう。ここまで元気に育ってくれて、本当に嬉しい。――学園に入れば、難しいことや辛いこともあるかもしれない。けれど、マルセルなら乗り越えられると信じてる。でも、本当に辛くて悲しい時はちゃんと父さんと母さんに言う事。いいね?」
父上が大きな手で僕の頭を撫でてくれる。胸がぎゅーって苦しくなって、僕は俯いた。
「……うん」
二人の優しさに涙がこぼれそうだったけど、泣くのは悔しくて、強く目を瞑った。
母上がそんな僕の背中を優しく押して、椅子まで連れて行ってくれる。
「今日は久しぶりに三人で食事だから、マルセル、いーっぱいわがまま言っていいからね。本当にいつもしっかりお兄ちゃんしてくれて、ありがとう」
そう言った、輝くような笑顔の母上は本当に天使に見えた。
やっぱり父上と母上には適わないや。
二人は僕にとって、かけがえのない存在であり、自慢の両親。今までも、そしてこれからも。
母上の作ったご飯?
パフェ食べて、そんなにお腹も減ってなかったけど、もちろん全部平らげたよ。お腹がはち切れるかと思ったけど…。
見栄えは良くないご飯だったけど、それでも、僕には今まで食べた中で一番美味しく感じたご飯だった。
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