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第1話
好きの反対は何かと聞かれたら、大半は『嫌い』と答えるだろう。その残りは『無関心』かもしれない。
それは『好き』の意味を知っているから答えることが出来る、そう雛森英良は思った。好きという感情が何かわからなければ、反対なんて思いつくわけなどない。
誰かと一緒に居ることは息苦しくて嫌い。何度も言わなければ伝わらないような、頭の悪い人間が嫌い。無駄が嫌い、指図されることが嫌い、我慢することが嫌い。
雛森には嫌いなものばかりだ。
嫌いはあるのに、好きは限りなく少ない。
雛森にとって『好き』とは特別な感情で、それと同時に『恐怖』でもある。なぜならば、好きだと思ってしまうと離れられなくなるから。
縋って、縋って、縋り続けて、何を差し出してでも引き留めたくなる。
そして、それを失った時、好きの代わりに新しい感情が生まれる。
ーー消えてしまえばいい
みっともない過去も消えない胸の痛みも、それでも求めてしまう弱い自分ごと全て消えてしまえばいい。
雛森にとって『好き』の反対は『自分自身』だ。
自分は誰も好きにならない。自分にそんな感情は無意味、つまり『無駄』だ。
世の中は今日も無駄に騒がしく、無駄に楽しそうで無駄な時間を過ごしている。
愛だの恋だのに振り回され、人々は今日も『無駄』な一日を終えている。
もういっそ見える物感じる物……その全てが消えてしまえばいいのに。
雛森は、そんなことを考えながら空を仰いだ。
無駄に青空が広がる。
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