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疑惑にシュガーレス(4)
しっとりと合わさったその合間から、濡れた舌が入ってくる。それは翼のものを容易に探し当て、表面を撫でて離れて行った。
一瞬。ほんの一瞬だけのキス。
顎を掴まれ強引に受け止めていた翼を開放した神上は、口端に滲んだ唾液を舌先で拭う。
「ほら、続きは後でしてやるから仕事しろ」
「な、え、あの」
「なんだよ。お前まで人前でヤる趣味あんの?童貞のくせに変な知恵つけてくんなよ」
「いや……えっ、人前?!」
一体何の話をしているのだろう。翼の頭の中で疑問符が飛び交う。すると神上は無表情で、けれど目を奪われる美貌を崩すことなく教えてくれた。
それは翼にとって『非常識』の真骨頂を極めるもの。
「あいつら、映画館でヤッたんだってさ。いくらポルノだからって、見られてるに決まってんのに」
映画館で、何を?
そんなもの聞くだけ無駄だろう。楽し気に笑い否定しない南と、それを汚物のように蔑む雛森。そんな二人が暗闇の中で行うことなど、一つしかないではないか。
「映画館は映画を観る所であって、不純なことをする場所ちゃうのに!!」
思わず関西弁が零れ出た翼に南が微笑む。
「不純って。やだな、僕と英良ちゃんを汚い物みたいに言わないでよ」
「あんたは十分汚いけどな。一緒にすんな」
さり気なく肩を抱かれた雛森が、南の手を払い退ける。ツン、と澄ませた顔で翼を見て、口を開いた。
「サル、お前何か勘違いしてるけど不純なことしたのは、こいつだけだから」
こいつと指さされた南は、雛森のその指を掴んで指先を口に含んだ。当然すぐに振りほどかれ、苦笑いを浮かべる。
「だから言ったでしょ。フェラぐらいで怒らないでほしいよ」
「あんた本当に裏表激しいな。憧れの南部長補佐はどこに行ったよ」
「男はこれぐらいのギャップが必要だからね。そこの綺麗な顔したアヤだって、翼くんの前じゃ欲望丸出しだろうし。ねぇ、翼くん?」
問いかけられ、翼は神上を見る。いつの間にか自分のデスクに着き、我関せず仕事をしている横顔。それが翼に向き、片眉を上げた。
「翼……」
神上に名前を呼ばれ、トクン、となる翼の胸。ああ、やっぱり見た目だけは綺麗だと思い、視線をそらせない翼に神上が笑いかける。
「お前、今日中に終わらなかったら泣き叫ぶまで犯すからな」
絶対零度の微笑みで宣告された翼は、急いで自分の席へと戻る。迅速かつ丁寧に、必死に資料と向かい合い、頭と手をフル回転させた。
「嫌だね、仕事仕事って。僕が仕事とプライベートを両立できる男で良かったね、英良ちゃん」
ストイックに仕事に打ち込む神上と、その向かいで死に物狂いな翼。すっかり興を削がれた南は、隣に立つ雛森に笑いかけ、退室を促した。
「そのプライベートが荒みすぎてるけどな」
「平坦な道は走りやすいけれど、楽しくないしね。英良ちゃんだって、多少のスリルがあった方が楽しくない?」
「……スリルの使い方を間違ってる気がする」
「そう?昨日のあれは楽しかったなぁ……。今度はベタに公園とかもいいよね」
「あんた病院行った方がいいな。頭の検査してもらえ」
社内でこんな会話を交わす南と雛森がおかしいのか。こんな会話が聞こえていても気にならない神上がおかしいのか。
そんなことよりも、恋人に犯されると本気で心配する翼がおかしいのか。
それは誰にもわからない。
ただ言えること。それはーー
『平凡』も『非凡』も人それぞれの価値観。
自分のことを『普通』だと思っている時点で、もう既に『普通』ではないのかもしれない。
南を筆頭に、おかしな人種と付き合える翼もまた、十分に非凡であるという疑惑が生まれた日だった。
**疑惑にシュガーレス**
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