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誓いの夜

事前に、甘いやり取りや駆け引きなどはなかった。ベッドに入って眠りにつこうとしていると、何の脈絡もなく覆い被され粗っぽくキスをされ、寝間着を剥がれて愛撫される。 恋人である広中 竜士との情事は、だいたいはそうやって始まっていく。 最初に舌を絡ませた際、「明日も仕事だから」と抵抗したものの、竜士は聞く耳を持たなかった。あれよあれよと彼の感触や熱を受け容れる準備を進められ、そのえも言えぬ快楽に流されてしまう。 寝室の電気が消され、暗闇の中、那智 瑛汰はベッドの上で四つん這いになり、シーツを強く握りしめ、背後から与えられる強くて甘い刺激に震えて悶えていた。 寝間着を脱がされた時は肌寒かったものの、今は全身からとめどなく汗が噴き出ていた。蒸れた熱が素肌から放たれ、ベッドにはむっとした空気が漂っている。そこに男ふたりの乱れた息遣いや掠れた嬌声、肌がぶつかり合う音やベッドの軋む音が、ねっとりと混ざっていた。 竜士の一物を排泄器官でしゃぶっていると、何も考えられなくなる。目の前や頭が真っ白になり、どうしようもなくなってしまう。まるで脳髄からアイスクリームのように溶けてしまうような、そんな感覚だった。 身体の相性だけは非常に良い同い年の恋人も、さっきからずっと低い声で喘いでは、獣のように腰を振っていた。瑛汰、瑛汰、と名前ばかり呼んでくる。その雄臭い声色に、骨の髄が疼いてしまってたまらなかった。 あぁ、すごく気持ちいい……。 唯一、それだけがどろどろになった頭の中に浮かび、横溢した分が声や汗や体液となって現れる。自分のものとは思えない上擦った声ばかりが、喉奥からぽろぽろと溢れ、肉体は歓喜するように性反応を示し続ける。 全身をくまなく支配するむせ返るような快感に、男たちは夢中になっていた。 ……はずだった。 ふいに、竜士の手が腹部に回ったかと思えば、遠慮もなく肉を……そうだ。肉を掴まれ、瑛汰は身体を強ばらせた。 「りゅ……、りゅうじ……?」 随分と心地よさげな吐息が耳元に吹きかけられた。その間も竜士の動きは続いていたが、腹をやわやわと揉みしだかれているせいで、そちらに集中することができない。内心、冷や汗が滝のように流れていた。 その有り余る肉の感触をしっかりと確かめるように触りながら、竜士はまた満ち満ちたと言わんばかりに長い息を吐き出し、瑛汰のうなじに顔を埋めて言ったのだ。 「お前の腹、もちもちしててすげぇ気持ちいい……」 脳天めがけて雷が落ちたかと思った。瑛汰はさっと青ざめ、半ば放心した。 ……前々から自覚はしていた。していたものの、見て見ぬふりを貫いてきた。 仕方がない。年齢も年齢になってきたし、身体をあまり動かさなくなったし、中年に差し掛かってからメタボリックシンドロームになった父親と体質が似ているんだからと言い訳を並べて、放っておいた存在だった。 幸か不幸か、着痩せするタイプのため、服の下の体型を上手く隠せていた。それが、その方針の助力になっていたと言えよう。 けれども、素っ裸を晒してしまえば、当然、偽装が剥がれてしまう。これまで、何も言われなかったのが不思議だが、ともかく今夜初めて、他人――それも付き合っている男から言われてしまい、瑛汰は並々ならぬショックを受けていた。 もちもちしてて気持ちいい……。そういった感触があるほどに、自分の腹には贅肉がついている。おおいに自覚があった。 腹だけではない。自分の身体は全体的に、無駄な肉を蓄えている。見るからに肥満というわけではないが、あちこち触ってみれば、ふにふにとした柔らかいものが筋肉を覆っていた。昔では考えられないほどに、全身が丸みを帯びているのだ。 氷を詰め込まれたのかと思うほどに、胸のうちは冷えていた。そんな心情を知る由もない竜士が依然、気持ちよさそうに律動を続けている。身体は昂り、声は漏れるが、頭はひどく冷静で、現在進行形の行為については脳の隅っこに追いやられていた。 瑛汰は決心した。 このままではいけない。この弛んだ肉体を絞らなくては。かつての、筋肉質な痩身に戻らなければ。そのためには日々の生活を律して、健康的な肉体を作らなくては。 もう二度と腹を摘まれ、「もちもちしている」などと言わせない。触ればくっきりと割れた腹筋がある、男として誇らしい体型になってみせる。 こうして今、ダイエット生活の幕が上がったのだった。

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