81 / 144

恋と嘘と現実とー40

「…違うの…?」 治夫がゆっくりと振り向き、僕を見る。 その真っ直ぐな視線に耐えきれず、僕は俯く。 治夫の手は、僕の手首を掴んだまま。 「…違う」 僕が好きなのは、治夫なんだ。 そう言えたら…。 ……………言えないけど。 「…そうか、違うんだ」 治夫はそれ以上、千尋と僕の関係を聞いてくる事なく歩き始める。 治夫に手首を掴まれたままの僕も、黙って引っ張られていく。 だが、僕の頭の中は。 …よりによって治夫に見られるなんて。 最悪だ…。 最悪だ。 最悪だ! その事ばかり。 治夫に見られたショックから立ち直れないまま治夫に手を引かれ、歩いていく。 だから気が付かなかった。 治夫と手を繋いでいる事に。 そして、手を繋いで歩いている僕達を皆が見ていた事に。 そんな僕達を彼女が見詰めていた事にも。 僕は気付かなかった。

ともだちにシェアしよう!