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瞳の中、君にー4

「…ごめんなさい…治夫がショックを受けると思って、言えなかったの」 寧音が何か言っているが、もはや俺には聞こえていなかった。 ―気付いた時には、病室には俺、一人。 窓の外は、暗くなっていた。 ………俺と寧音が付き合っていた……? 本当に…? 全然、記憶にない。 俺の記憶では、寧音はただのクラスメイトで…挨拶だけはするけど、そんなに親しくない…知り合い。 見舞いに来てくれた寧音の顔を見ても、何の感情も沸かないのに。 胸の高鳴りもなければ、普通の友人に抱く好意さえない。 見舞いに来てくれた寧音を見て感じるのは、ただの困惑のみ。 それなら、まだ、あの、彼…隼人を見た時の方が…。 そこまで考えて、ハッとする。 …何を考えているんだ。 それは、ないから。 そうだよ。 それなら、まだ寧音の話の方が…。 だが、いくら考えても、寧音と俺が付き合っている姿が想像できない。 だいたい俺は…自分で言うのもなんだけど…モテる方だと思う。 告白された事も何回かあるし…。 親友の彼女を奪うなんて…そんな事……。 信じられない。 …でも、俺が隼人に関する記憶を全て無くしている事は事実だし……。 だから、寧音と付き合っていた事も忘れているだけだと言われれば、否定はできない。 おまけに…誰かに聞いて確認しようにも、俺と寧音が付き合っている事は周りには秘密にしていて誰も知らないらしいし…。 親友の彼女を奪うのも俺らしくないと思うが、それを皆に秘密にする事も俺らしくない。 だが………記憶のない俺は、それを否定も肯定もできない。 …付き合ってみたら、何か思い出すんだろうか。 ……………隼人の事も。 無くした記憶を取り戻したい。 そう思っていたからか。 『記憶を無くした今、最初から前みたいに付き合う事はできないでしょうけど…あまり意識しないで。親しい友人くらいに思ってくれたらいいから…だから、別れるなんて言わないで』 そう言ってきた寧音の言葉に、頷いてしまったのは。 その時の、寧音の嬉しそうな顔。 その顔を見た時、俺の胸は痛んだ。 後ろめたさに。 …本当は断るべきだと、分かっていた。 以前はどうあれ、寧音に対して、今は何とも…全然、全く…思っていないのたから。 でも、記憶を取り戻したい。 記憶を取り戻して、隼人の事を知りたい。 その気持ちが強かった。

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