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一刻も早く帰って今日の出来事すべて忘れて深く眠りたい。
本番の事なんか、緊張のし過ぎでほとんど覚えてない。
手のひらに人って何回書いても全然ダメだったし、足が丸出しなのも落ち着かなかったし、おっぱいの違和感もハンパなかったし。
しかも最悪な事に、いざ本番だって時にチャラいアイドルから話し掛けられた時は本当に鬱陶しかった。
ただでさえ俺は知らない人が苦手で目も合わせられないっていうのに、何重苦も背負った今日に限って、あんなにチャラついた軽そうな人から声をかけられるなんて災難としか言いようがない。
アナタはこの現場もこの雰囲気もいつもの事なんだろうけど、俺はここが初舞台なの!話し掛けないで!って罵倒してやりたい気持ちをよく押し殺せたと自分を褒めてあげたいくらいだ。
席順が聞いてた場所と違ってオロオロしてたのもあって、何と話し掛けられたか正直よく覚えてないし、きっと二度と会う事もない。
記憶から消しておけばいっか。
「葉璃くん、よく頑張ったね!」
「いや……みんながリードしてくれたからだよ。 俺本番の事なんも覚えてない……」
「振り付けもバッチリだったし、緊張してるようには見えなかったよ!」
「そうだよ! 春香が居るのかと思うくらい完璧だったから安心して!」
俺自身、記憶が抜け落ちるほどの緊張で冷や汗が止まらなかったのに、メンバーが口々にそう励ましてくれるもんだから、ひとまず代役は無事にこなせたと思っていい…みたいだ。
この日を楽しみに張り切っていた春香は気の毒だけど、もうこんな事は二度とごめんだよ。
楽屋に戻って来ても、まだ緊張感に見舞われて落ち着かない俺の周りには同士であるmemoryのメンバー達が寄り添うようにして取り囲んでくれている。
みんなもお疲れ様、と言い逃してしまった。
「あ、そういえば葉璃さぁ、CROWNのセナに話し掛けられてなかった?」
衣装から私服に着替え、交代でメイクを落としているみんなを眺めていると、隣に腰掛けていたスクールで一番付き合いの長い美南(みなみ)が、嫌な事を思い出させてきた。
美南は黒髪ロングで少々キツめな性格だが、非常に男前な性格だからか話しやすいのは確かだけど、今はあのチャラ男の事は思い出したくない。
「私も見たー! いいなぁ、羨ましいっ」
「何て話し掛けられたの?」
「マジで!? 葉璃くん、セナと話したのーっ?」
俺の心中をよそに、口々にみんなから羨ましいと言われ、もしかしてあのチャラ男はめちゃくちゃ人気ある人だったのかと目を白黒させる。
例によって記憶から消しかけてたから、思い出すのも一苦労だ。
「話し掛けられた、けど……何て言ってたっけなぁ……。 ……あぁ、衣装あたって不快な思いさせたらごめんねってのと、俺の事知ってる?って聞かれたかな」
「セナ優しい〜〜♡ セナって一見怖そうなのにキャラ可愛いよね!」
「生セナ、マジでヤバかったよね〜!」
「今日の衣装かなり派手だったから、気配りしてくれたんだ!」
「もちろん葉璃くん、セナの事知ってるよね?」
まるでここは女子高かってくらいのみんなの熱気にたじろぎながら、苦笑する。
チャラ男本人にも知らないとぶっちゃけてしまった事を打ち明けようもんなら、避難の嵐が待っていそうだ。
「……え、えーーーっと……」
「ま、まさかセナの事知らなかったの?」
「葉璃くん、それマジ?」
「CROWNの事を知らないの!?」
……やっぱりだ。
知らないとおかしいくらいの人気アーティストだったらしい。
美南がスマホでCROWNのPVを動画サイトで観せてくれたけど、ピンときてない顔がバレて背中を小突かれた。
「葉璃、あんたテレビ見なさ過ぎ」
「しょうがないじゃん……。 スクールから帰ったら宿題してご飯食べてお風呂入って寝るだけでしょ? 逆に何でみんなそんなに時間あるの? 俺だけ一日十八時間くらいしかないのかな?」
「そんなわけないでしょ! とにかくこれからは録画してでも音楽番組だけは観なさいね。 私たちmemoryもたまに出してもらえてるんだから」
「はーい……」
みんなの帰り支度が整い掛けた頃、事務所のお偉いさんが三人もmemoryを労いにやって来て、年齢的にも早めの帰宅をとの事で俺達は身支度を終えると早々に地下駐車場に集められた。
俺がCROWNを知らなかった余波はどうやら引き摺ってないみたいで、ホッと胸を撫で下ろす。
メンバー達は疲れたとばかりにササッと同じ車に乗り込み、衣装さんやメイクさん達を含むスタッフさんは別で帰宅するらしくここでお別れとなった。
俺は個人的にすごく迷惑を掛けたので、見事に春香に化かしてくれた二人に改めてお礼を言っておく。
「今日はありがとうございました。 姉のせいで無理させてしまって……」
「いいのよ、私達は楽しかったから」
「こんな事初めてだったから腕が鳴ったわよぉ」
「そ、そう言ってもらえて何よりです。 それじゃ失礼しま……」
二人のポジティブな返答に、ありがたいですと言いながら笑顔のまま俺も車に乗ろうとした、その時だった。
「すみません!」
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