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 こちらは一週間前の生放送後の聖南である。  広々としたリビングとオープンキッチン、クイーンサイズのベッドがドンと主張する寝室、五つ星ホテル顔負けのバスルーム、ほぼお気に入りのブランドで占められた衣装部屋、主に作曲活動をするための防音設備の整った書斎がある新居で、聖南は部屋の灯りも付けずにソファにだらしなく座り込んでいた。  数日前まで、訳あって事務所から住めと言われて住んでいたワンルームマンションに居たが、手狭になってきて引っ越しを考えていたものの、なかなか気に入った部屋が見付からなかった。  いくつも見て回ってやっと気に入ったこの高級マンションの一室にはつい最近住み始めたばかりで、まだあまり生活感がない。  とにかく質素で、そのせいか余計に広く見えてしまうほどのリビングにポツンと置かれた一人掛けソファは、思い出の品と言っても過言では無いほど使い込んだ以前の名残りである。  それにだらりと座る聖南の脳裏には、葉璃の横顔とパフォーマンスが繰り返し浮かんでいた。 「はぁぁ。話だけでもしたかったなー」  あんなにもさっさと帰ってしまうとは、あまりにも予想外だった。  引き止めておけと頼んだ成田は役立たずで、聖南が全速力で地下駐車場に降り立つも時すでに遅しであった。  あの時の聖南は非常に狭量で心に一切の余裕が無く、らしくなく感情のままに成田に詰め寄ると、 「来週またmemoryさんと収録被ってるから! そこでチャンス作りましょう! あんまり加担したくはありませんがね!」  などと怒りを削ぐ嬉しいことを、らしくない敬語を混じえてくれたので、その必死さに免じてひとまず許しておいた。  とはいえ聖南も必死だったのだ。  少し目尻が上がり気味の印象的な瞳が、未だ聖南を捕らえて離さない。  瞳を閉じると鮮明に思い浮かべる事ができてしまうほど、衝撃と共に聖南の脳に記憶された。  アキラもケイタも半ば呆れ気味だったのは分かっていたけれど、そんな事を気にしていられるほどの余裕など微塵も無かった。 「あー……チューしてぇ……」  実物のあの子に、この手で触れてみたい。  あわよくば付き合いたい。  出来れば恋人になってほしい。  アイドルらしからぬ想いでいっぱいの聖南の心は、まさに葉璃に染まりつつあった。  だがしかし、それは春香に化けた葉璃である。  そんな事など知らない聖南は、両手を宙に彷徨わせ抱き締める動作をした。  妄想が行き過ぎ、傍から見るとかなり危ない人のようだが、何せ此処は彼の殺風景な新居。  思う存分妄想に浸ろうが、誰にも咎められない。 … … …  CROWNとは、セナ、アキラ、ケイタからなるボーカルダンスグループだ。  三人とも幅はあるが子どもの頃から芸能界に居るので、二十代そこそこでもすでに皆平均して十五年ほどのキャリアを持つ。  一番芸歴が長いのが聖南で、これもまた訳アリの父親が広告代理店のお偉いさんという繋がりがあるためか、何も分からない0歳の頃からCMやポスター、企業イメージモデルを勤めていた。  アキラは五歳でドラマデビュー、ケイタは七歳で舞台デビューと、それぞれ経歴は少しずつ違うが、小さな頃から事務所内で会う事も多かったので兄弟同然だ。  聖南が高校入学の年に、事務所社長から突然グループ結成を言い渡され、CROWNとしてはデビューから七年ほどとあまり熟してはいない。  しかしながら、これまでの各々の活動での認知度と抜群のルックス、またキャッチーでアップテンポな曲が瞬く間に世間に浸透し、若年層の男女を中心に爆発的に人気を得た。  三人ともが芸能界の荒波をよく知っているので、業界関係者からの信頼も厚く、番組出演や取材の依頼があとを絶たない。  聖南の日常は、CROWNに始まりCROWNで終わるというほど仕事仕事の毎日だったが、演技が出来ないと悲観していた身としては、芸能界を去り時かもと思っていた矢先のありがたい方向転換に日々が充実している。  曲を生み出す作業も、パフォーマンスも、CROWNに関わるすべての事が今は生き甲斐だ。  そんな聖南は衝撃の出会いから三日間、夕方から夜にかけての短い時間だが事務所で作曲担当の川上と打ち合わせを行っていた。 「なぁ聖南。もっと抽象的な言葉がいいんだけど……」 「え? これよくないっすか?」 「いやマズイって。誰に向けた曲だってなるよ。ほらここ、「早く会いたい、好きじゃ足りない、愛してるんだ」とか「寝顔も可愛い」とか」 「あー寝顔はまだ見た事ないんだよなぁ、残念ながら。俺の妄想ではめちゃくちゃ可愛かった」  半年後にリリース予定の新曲の打ち合わせ中、作詞を担当している聖南が甘ったるい恋愛小説のようなものばかりを生み出すせいで、川上は頭を抱えていた。  CROWNはまだ、ずっしりと重たい恋愛ソングを発表した事がなく、歌詞には意味があるようで無いような今風のポップで明るいダンスナンバーが主だ。  それがいきなり、こんなにもキュンキュンもののラブソングを世に出すのは、制作スタッフ等から何事だと言われかねない。  しかもこの歌詞は聞けばほぼ妄想らしく、余計に頭が痛い。 「ヤバ!! また浮かんできた!」 「も、もう大丈夫。それはそっちの聖南用のノートに書きなさい」 「やっぱダメ? 一生腕枕していられるよ、ついでにおでこにキスしちゃおって」 「ダメ」  作詞担当の聖南がこの調子では、先に進まない。  今回はもう、デビューを手掛けた作詞家に急遽お願いするしかないかもしれない。  その可能性を考えつつ、もう少し様子を見てみようと、雑誌の取材に向かった聖南の後ろ姿を見送った川上は深いため息を吐いた。  ボツにはなったが、満足いく歌詞がたくさん浮かんでご機嫌な聖南は、成田が運転する車内でも瞳を瞑って葉璃に会いに行き、日に日に気持ちを高めている。  次に被る収録では、絶対に話をしようと決めていた。  memoryはメンバーが多く居たようだから、怪しまれないように葉璃と連絡先を交換するまでがミッションだ。  一人の時を狙うのが難しそうで、綿密に成田と打ち合わせをしなくてはならない。  もはやCROWN絡みで動くよりも優先順位が上になってしまったのは、葉璃との接触。  これに尽きる。
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