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永遠の様に長く感じたこの一週間、恋愛小説のような歌詞を書き溜め、妄想の中で葉璃と会い、募り続ける想いを必死で抑えていたが、ついにやって来た収録日。
今日という日を何度も夢に見てきたので、シミュレーションはすでに完璧だ。
アキラとケイタは、聖南と成田がこそこそと私情にまみれた打ち合わせをしているなど知らない顔で、あまり関わるまいと傍観する事にした。
「あ、memory来たね」
メンバーとスタッフを含めると十人は越えるらしく、CROWNの二つ隣のやや広めの控え室に入って行く物音をキャッチした成田が、前回の失敗を取り返そうと張り切っている。
この日を待ち侘びていた聖南も内心では大喜びなのだが、反面、心臓がバクバク言い始めて落ち着かなくなってきた。
話し掛けるタイミングと会話の内容までは、綿密に考えてある。
だが、いざ本人を前にすると緊張して話せなくなりそうで、一気に不安に見舞われた。
「あぁ……ヤバイ。俺こんなに緊張してんの、二十年前の初舞台以来だ」
「聖南があんなに必死になるほどの子なんだから、運命だと思って頑張れ!」
「お、おう! 運命っていい響きだな!」
緊張のあまり顔が強ばっている聖南に気付いた成田は、どうにか気持ちを上げてあげようと、今時古くさいと言われそうな運命という単語を出してみたが、これが功を奏したらしい。
ウキウキし始めた聖南の表情筋が緩んだのを見て、ホッと胸を撫で下ろす。
先週の生放送終わりで車に乗り込んで早々、アキラとケイタが話していた通りあの聖南が一体どうしたんだというほどの熱の入れように、成田も困惑している。
取材や番組収録、雑誌のモデルとしての仕事はどうにかこなしているものの、緻密に作り上げなければならない新曲の歌詞はなかなか捗らないと聞いていた。
さらに言うと、そもそも聖南はこんなキャラではない。
最年長で芸歴も長く、誰よりもプレッシャーのかかる立場である事を自分で分かっていて、アキラとケイタを引っ張っているのはもちろん、スタッフにも細々と気を遣う。
王様の如く大柄に振る舞っているように見えて、聖南はまったくそうではない。
だからこそ成田は、厄介事は勘弁だと溜め息を吐きながらも聖南に協力している。
これからシミュレーション通りに事が運べば、想い人と連絡先の交換が可能になり、これで仕事が滞りなく進んでくれるならば、成田も一安心だ。
恋愛事が御法度であるアイドルのマネージャーとして、果たしてこれが正解なのかは脇においておくしかない。
隣でソワソワしている聖南の無邪気な横顔を見てしまうと、案外初めて見るかもしれない年相応な様子に、純粋に応援したくなる気持ちが湧いた成田の苦笑は濃くなる一方である。
「やれやれ……。うちの稼ぎ頭ときたら……」
聖南の想い人と接触するために、成田はマネージメント業を放棄し、先程から控え室前の廊下を何十往復もしていた。
忙しないフリはしているものの、危ない人がいるなどと通報されやしないかヒヤヒヤものだ。
楽屋で待機中の聖南から、前回の生放送を録画したものを何度も見せられ、『この子だからな!』と念押しされた〝ハルカ〟という名前、顔、髪型。
聖南はすでに目に焼き付いてしまっているのですぐに分かるのだろうが、何の思い入れもない成田には、memoryのメンバー皆が同じ顔に見えている。
人違いが一番いけない。
廊下を往復しながら、スマホに送信された〝ハルカ〟の画像を何度も確認している成田を、楽屋の扉を少し開けて覗く聖南の不安はますます募った。
まずは最初の一歩を成田にアシストしてもらい、それからは聖南自身で頑張るつもりでいるが、やはり女性グループは支度に時間がかかるらしい。
控え室に入ってから早くも一時間は経過していて、いよいよ聖南も成田も焦れ始めた。
誰かがトイレに行くなどの細かい出入りも一切無く、緊張の糸が切れつつあったその時だ。
控え室の扉が開いた音がした。
刹那、聖南と成田の心臓が飛び跳ねる。
── ヤバイヤバイヤバイヤバイ。緊張してきた!
聖南はその場で、落ち着き無くバタバタと足踏みした。
その後ろでは、すでに衣装もメイクも完璧なアキラとケイタが「先週も見たよな、あれ」と、扉の前で聞き耳を立てている聖南を見てのんきに笑っている。
それどころではない聖南はというと、背後の揶揄いめいた笑い声が届く事なく、ひたすら成田の動向に全集中した。
「突然すみません! 私、CROWNのマネージャーをしています、成田と申します。ハルカ……さんですか?」
成田が接触した人物は、聖南の目には目深に帽子を被っていて見えづらかったのだが、なんと意中の者だった。
まさかのご本人登場に、こっそり覗く聖南と怪しくウロついていた成田は、仕掛け人側にもかかわらず動揺した。
「…………」
対して、突然話し掛けられた春香は成田の問いに小さく首を振る事しか出来ない。
なぜなら今、〝ハルカ〟は葉璃だからだ。
外部の人間にそれがバレるわけにはいかず、葉璃の努力も水の泡になるかもしれないと、春香の咄嗟の判断だった。
「あー……違い、ましたか……。呼び止めてすみません、人違いでした」
隙を見てハルカの顔を覗き込んで確認までしたのだが、違うと言われると成田は引き下がるしかない。
「絶対にハルカだと思うんだけどなー」と、成田は頭をポリポリと掻きながらぼやき、聖南の待つ控え室へ残念なお知らせを持ち帰った。
「ど、ど、どうだった!?」
「…………」
聖南の顔面からはいつもの余裕綽々な表情が消えている。
また怒られやしないかとヒヤヒヤした成田は、さきほどの結果を伝える事を当然ながら渋った。
「ハルカと接触できた? 俺の連絡先渡してくれた?」
「…………いや、違う子だった」
「なんだよそれーー!!」
だから言いにくそうにしてたのか!と聖南は成田への理解を示すも、控え室から廊下へ漏れ聞こえてしまいそうなほど絶叫した。
「顔がハルカだったから絶対そうだと思ったんだよ! だけど本人が違うって言うんだから仕方ないだろ……」
「そりゃそうだけどさー……」
打ち合わせしたミッションは、そのすぐ後に本番待機の指示がきて呆気なく失敗に終わった。
連絡先を渡すどころか、接触も出来ずに今日もまた悶々としなければならないのか。
ガックリと肩を落とす聖南だったが、ふと思い留まる。
「もうなりふり構わねぇ。確実に連絡先渡してやる」
瞳の奥で会うのは飽きた!本物がいい!と、聖南の心が暴走を始めた。
── 今日、絶対に、何としてでも連絡先を交換してやる!
決意を新たにした聖南は、狼狽える成田と謎のハイタッチをした後、そそくさと衣装に着替えると出番が来たら連絡しろとだけ告げて控え室を後にした。
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