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『失礼、します……』
強張った声色は、いつもの抑圧的なものじゃない。 よほど緊張してるのか、イヤホンでも聞き取りづらいほど声量も小さかった。
『あ! ほんとに来てくれたんだ! ……ありがと』
『いえ……』
春香を前にしたチャラいアイドルは、今まさにキラキラな笑顔でも浮かべてそうなくらい嬉々としている。
芸能界というものにまったく興味が無かった俺は、セナって人がどれくらい人気で凄い人なのかを知らないから、春香が見初められたとしてもあまりピンとこない。
俺に話し掛けてきた時も相当チャラかったから、誰にでも言ってるんじゃないのって心配になる。
『来なかったらどうしようと思ってたんだよー。 俺の気持ち言った後だから、気持ち悪がられたんじゃないかって』
『そんな……! 嬉しかったですっ……』
『ほんと? 嬉しいって思ってくれた?』
『はい……でも、なんだか夢見てるみたいで……』
『そっか。 じゃあ、俺たち友達からって言ったけど、もう付き合っちゃおっか?』
『……いいんですか、私で……?』
『俺が一目惚れしたんだから、いいに決まってる。 はい、これ俺のプライベートの連絡先。 いつでも連絡して』
『ありがとうございますっっ』
『……じゃあ俺もう出番らしいから先に行くな。 ほんとにありがとう。 連絡待ってる』
『はい!!』
ガチャ、と扉の開閉音が聞こえて、足音が遠退いていく。
……どうやらうまくいった雰囲気だ。 呼吸も忘れてしまいそうなほど、こっちが緊張したよ……。
恐らく夢心地で動けないだろう春香の元へ行ってやろうとビル内に戻る。
するとまた、佐々木さんと出くわした。
「おぉ、よく会うな」
佐々木さんは笑いながらタブレットを小脇に抱えた。
「ほんとですね」
「驚いたじゃないか。 まさかここから人が出て来ると思わないから」
「すみません」
「親御さんは? 来たのか?」
「い、いえ、まだ……」
「もし遅くなるようなら俺が送ってやるから、遠慮なく言えよ。 俺今から三階のCスタにいるから」
「はい、心配かけちゃってすみません。 ありがとうございま……」
訳アリでみんなと別行動してる後ろめたさで、佐々木さんの優しさを申し訳なく思いながらペコッと頭を下げようとした時、目線の先にセナがこちらに歩いて来ているのが見えた。
一瞬、ヤバッ!て思ったけど、今の俺はユニセックスだけど男の格好だし、フード被ってるから顔もロクに見えないだろうからバレる事はない。
逆にあたふたしてた方が怪しまれる。
それでも何となく見付かりたくなくて、佐々木さんの長身の影に隠れてセナが通り過ぎるのを待った。
だが、───。
「室内でフード被ってちゃ怪しまれるぞー、少年」
と、なんとセナの方から近付いてきて、あげくわざと被っていたフードを後ろへやられてしまった。
何するの、という気持ちを前面に出しながらセナを見上げると、セナは笑顔から一変、ハッとしたように俺を見詰めてくる。
それは、凝視と言ってよかった。
「君……」
「…………っ?」
な、なんだ、なんでそんなに見るんだよっ。
まさか俺、メイクちゃんと落とせてなかったとか!?
「セナさん、もう出番押してるでしょう。 早く行かないと」
「あ、あぁ……そうだった、memoryのマネの佐々木さんだよな? じゃ、またな」
「はい、お疲れ様です」
セナは立ち去りながらも、まだチラチラと俺を振り返ってきていて居心地が悪い。
凝視されるのは御免だとばかりに、佐々木さんの背後に回って彼の視界から消えてやった。
何も知らない佐々木さんのナイスフォローに心底助けられた俺は、その後すぐに春香と合流し、母親に迎えに来てもらって帰宅の途に付いた。
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