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「はぁ、っはぁ、……もうっ、何なんですか!」  取材を終えてようやく帰れると安心してたそばから、すべてがバレてしまったセナに出くわした。と思ったら、筋肉痛で体がバキバキなのに走って拉致られてしまった。  慌てて佐々木さんを振り返ると、セナの言葉で動けず呆然としている。 「はぁ、はぁっ……!」  たった数分だったけど、いきなり短い距離でも全速力で走れば息も上がる。  どこまで行くの。なんで俺は拉致られてるの。今からいったい何が起こるの。  不安でいっぱいな俺をよそに、セナは白くてピカピカな大きな車の助手席に俺を詰め込むと、「シートベルトして!」と大きな声を出した。  鬼気迫る声色に、何故か慌てて従ってしまった俺も俺だけど。 「コーヒーこぼしそう! これ持っててくれ!」 「えっ?」  何が何だか分からない俺に、セナはすぐそこにあったコーヒーショップのロゴが入ったカップを持たせて、車を発進させた。  な、何でこんな事に……。  ハルカとしての仕事も一段落。  全部バレてしまったけど、セナは黙っとくって言ってたし、連絡がこないと悩み続ける春香への心配事も無くなって、心がスーッと軽くなってたのに。 「あ、佐々木さん……」  前方に立ち竦む佐々木さんの姿が見えて思わず目で追うと、セナはチッと小さく舌打ちして車を減速させ、佐々木さんの横に付け呟いた。 「……最後にもう一押し言っとくか」  え、何を?  なんて聞けるはずもなく、セナは俺側の窓を開けて運転席から俺の方に身を乗り出した。 「佐々木マネージャー、マジで心配いらないからな! はる、お前からも言ってやれ」 「えっ!?」  呆気に取られている佐々木さんが助手席のドアを開けようと近付いて来ていて、降りた方がいいよな……と思っていたらセナに右手を握られて、それは許されそうになかった。  さっきも、このあと時間あるかって聞かれたっけ。  まだセナは何か言い足りなくて、それを俺が全部聞く事でセナの気が済むなら、後々長引かせないためにも残る方が懸命だと思った。 「言ってやれって……。すみません、佐々木さん。何かあったら警察駆け込むんで大丈夫です。家に着いたら連絡します!」  俺が言い終わると同時に窓が上がり、佐々木さんの動きも止まった。  瞬間、車は急発進して、持っていたコーヒーがカップの中で派手に揺れた。 「警察って……俺は犯罪者か」 「これは立派な犯罪ですよ!?」 「そんな大層なもんじゃねぇよ。ただもう少し話がしたかっただけ」 「……話は終わったと思いますけど」 「俺は終わってねぇ。お前ら姉弟にめちゃくちゃかき乱されたんだから、ちょっとくらい付き合えよ」  セナはバツが悪そうに俺からコーヒーを受け取ると、喉が渇いてたのか半分くらい一気に減った。 「はるも飲んでいいよ」  また手元に戻ってきたコーヒーを見て、眉をしかめてしまう。 「これ苦いですか?」 「どうだろ。飲んでみればいいじゃん」 「……苦っ。無理、です……」  走って喉が渇いてたのは俺も一緒で、少しだけ……と思いながらストローに口を付けると、苦くて飲めたもんじゃなかった。  カフェオレしか飲めないお子様な口だと、常日頃から春香にも馬鹿にされてるから、こんなに苦いコーヒーは飲めるわけがない。 「何、苦い? コーヒー飲めないとか……可愛いな、それ」 「馬鹿にしてるんでしょ。もう慣れてるからいいもん」 「……もん」 「……っ!」  セナは運転しながらクスクス笑っている。  可愛いと馬鹿にされ、語尾をイジられ、ムカっ腹立ちまくりな俺は、赤信号の度に車から降りてやろうかと本気で思った。  でも周りの景色は俺にはさっぱり土地勘がない場所で、佐々木さんに息巻いて言った警察所も交番も、どこにあるか全然分からない。  腹は立つけど、影武者の件で何やら言いたいことがあるらしいセナに申し訳ない気持ちもほんのちょっとだけあるから、今日この時さえ乗り切ればいいって我慢しておく事にする。 「なぁ」  ついにセナは、高速まで使って本格的に俺を拉致っている。  逃げ場を絶たれた俺はいよいよ緊張感を持ち始めたんだけど、しばらく沈黙していたセナが口を開いた。 「ハルカにならないといけなくなった経緯って聞いてもいいのか?」  たぶん、よくない。  でも話さないと帰してもらえない気がして、俺も渋々口を開く。 「……春香があの生放送のリハ帰りに、転んで怪我したんです。左手首ヒビと、両足首捻挫で……」 「マジか! そりゃ災難だったなぁ。なるほど、そっか。リハ終わりだから本番で急に穴開ける訳にいかねーってなったんだな?」  新人アーティストとなると余計にだろうな、とセナは理解してくれていて、本当に影武者の事を怒ってはいないんだと思わせてくれる。 「そうです。俺に選択権は無かったです……ひどいですよね……」 「あはは……っ。だろうな。葉璃とハルカは一つ違い?」 「一卵性の双子です」 「そうなのか! そりゃ頼まれるわ。葉璃もダンスやってんだろ? センスあるもんな」  どこだか分からないパーキングエリアに到着し、店舗とは少し離れた駐車場にセナは車を停めた。  声色からも、覗き見た横顔からも、俺や春香を咎めようとする意思なんかまったく感じなかった。

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