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 何だろう。 これだけチャラついた見た目のわりには会話上手で、俺は無言を貫いて早く家に送れとごねても良かったのに、ついベラベラと喋ってしまう。 「いえ、センスなんてそんな……。 やってるけど趣味程度だし、あんなに本格的な振り付け踊ったことなくて……。 それなのに生放送に出ちゃって俺……」 「完璧だったよ、葉璃のダンス」  え……と、セナを窺うと、とても真剣な表情がそこにはあった。  誰にも言えなかった、不安。  練習に付き合ってくれたメンバーにすべての弱音をさらけ出す事は絶対にしたくなかったし、春香になんてもってのほかだった。  姉御肌な性格だから、弱音や愚痴はきっと許されない。  言ってしまおうものなら、春香は俺を弱虫だと散々罵倒した挙句、自分の部屋にこもって「私のせいで葉璃が大変な思いをしてる」と実は責任を感じていて泣き暮らす。  そんな中で俺はみんなに助けられながらも独りで闘っていた気がして、精一杯メンバーに付いて行っただけのあの悪夢の生放送パフォーマンスが完璧だったなんて嬉しい事を言われては、セナは良い人なのかもって勘違いしてしまうじゃん……。 「ほ、ほんとですか? ……あ、それ……お世辞言ってます……?」 「お世辞じゃねぇって。 あの時一目惚れ直後だったから正直葉璃しか見えてなかったのは事実だけどな、全体のバランスとか動きなんかは無意識に見ちゃうんだよ。 memoryのパフォーマンスに関してはおかしいと思わなかった。 俺も一応同職だし、ちょっとひねくれては見たけど」 「……ひねくれて……?」 「今になったら分かる事だ。 あの時、葉璃だけ口パクだっただろ?」  ニヤっと笑ったセナの顔はやんちゃそのものなのに、整っていてとても綺麗だからか、このにやけ顔は凄みがあって若干怖い。  口パクまで当てられて、この人スゴイ!と瞬きを忘れた。 「……す、すごいですね……口パクだけはみんなに褒められたのに。 バレてるとは思わなかった……」 「いや、バレてんのはあそこにいた人等、テレビ観た視聴者、全部ひっくるめて気付いたのは俺だけだと思う」 「……自信満々ですね」 「葉璃を褒めてんだろーが!」  褒めてる、と言葉にされると、またじんわり胸が熱くなった。  お疲れ様、ご苦労様じゃなく、メンバーからの労いの挨拶でもなく、第三者からの言葉は俺にとっては重要な重みがあった。 「嬉しいです、ほんとに……。 俺人生で褒められた事ってあんまないから……」  照れくさい気持ちもあったけど、嬉しい気持ちの方が大分勝っていて、頑張って良かったと素直に思えた。  披露したのはたった二回でも、俺には唐突で無理難題過ぎて、いくら春香の頼みでも毎日毎日気持ちを作るのもしんどくて。  これまでの学校生活も超無難で、ダンススクールでも体を動かす程度と、何の浮き沈みもなかった俺の一世一代の影武者がセナの目に止まって、しかもそれを褒めてくれるなんて……感無量だった。 「事情があったとは言え、あれだけのフリとフォーメーションを短時間で覚えんのは大変だったよな。 偉い偉い」  思い詰めた俺が実は根暗っぽいと気付いたからなのか、小さな子どもを慰めるようにセナが優しく頭を撫でてくれた。  セナ……。  見た目だけでチャラ男なんて思ってごめん……。  本音を言えた安心感からなのか、俺は素直に撫でられるがままになる。  それから俺達は、しばらく話をした。  俺の根暗っぽさ全開の面白くも何ともない話にもセナは笑いながら突っ込んでくれたりして、嫌な思い出もその一瞬で何事もない記憶の一ページに上書きされた。  人見知りな俺が、不思議なくらいセナの隣に居る事を嫌だと思わなくて。  語らいの途中、セナが甘いカフェオレを五本も買ってきて「こんなに飲めない」と笑うと、貰っとけとまたにやけ顔を見せられた。  セナの話もたくさん聞いた。  0歳から芸能界にいるなんて、俺には考えられない苦労や葛藤があったに違いなくて、だからこそこんなに話し上手で聞き上手なのかもしれないと思った。  色んなことを乗り越えてきた大人の余裕が感じられて、見た目とのギャップもあってすごくすごく好印象だった。 「やば。 暗くなってきたな。 そろそろ帰るか」 「そうですね。 佐々木さんも春香も心配してるだろうから」  あまりにも心地よい空間に、もう少しだけこのまま話をしていたいと一瞬わがままな欲が出そうになったけど、面倒くさい奴だと思われたくなくて同調しておく。  辺りが夕闇に染まっている事にも気付けなかったなんて、ほんと……驚きだ。

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