誰よりも周りにビクビクしながら行動して、究極の他人嫌いな俺が、初めてまともに話す相手にこんなにも自分の事をさらけ出すなんて大失態だ。 　セナが車を発進させようとしたのを確認して窓の外に目をやった瞬間、「なぁ葉璃」と声を掛けられセナを振り返ると、とても真剣な瞳とぶつかった。 「あのさ、俺が葉璃を好きだって言ったのは覚えてるか？　告った時は葉璃だったよな？」 「あ……はい。それはほんとに、ごめんなさい……」 「あぁいや、謝ってほしいわけじゃない。俺やっぱ葉璃のことが好きみたいなんだけど、考えてくれる？」 「……………………え？」 「沈黙長っ」 　い、いや、だって。黙るよ、そりゃ。 「えっと……好きなのは春香ですよね？　俺、弟だって言いませんでしたっけ？」 「それは聞いたよ。俺もぶっちゃけ、好きだってのもまだ半信半疑中」 「じゃあ好きとか言わない方がいいですって！　てか俺、男なんで！　まず無理でしょ！」 「なんで無理って決めつけんの。ほんのちょっとの時間だったんだけど、さっき話しててさ、なんか好きだなーって思った」 　……「なんか好きだなー」って。 　俺のこと男だって知った上でこんなこと言ってるの？ 　よく知らないけどセナは人気者なんだから、そこはチャラかったらダメじゃん。 　ずっと芸能界に居るから訳分かんなくなっちゃったのかな。 　俺にはセナの告白がどうも信用できないというか、他人事に思えてならなかった。 　確かにたくさんお互いの話はしたけど、ほんの数時間では本質までは分からないし、その気持ちが本物かなんてもっと分からない。 「その顔……疑ってね？」 「疑ってます。ていうか、まだ春香と俺がゴチャゴチャになってるんだと思うんですよ。初めに見たのが俺だったから……あ、初めて見たものを親と思う雛みたいな感じ、ですかね？　一目惚れしたのが俺だって言われても、顔も一緒だし、春香を好きな気持ちを俺にぶつけられても……」 　絶対に何かの間違いだと教えてあげようと長々喋ってたら、セナが痛いほど見詰めてくる。 　そのスナイパーの様なセナの瞳から逃れるように正面を向いて、ハハ…と渇いた笑いを漏らすと、大きく溜め息を吐きながら俺の顎を取り、無理やりセナの方を向かされた。 「はぁ……。うるせぇ」 「え、うるせ……って……んんっっ！？」 　痛い、なんて言う間もなく、すかさず顎を取られる。セナの顔が目の前まできたその時、唇に生温かいものが触れた。 　こ、これは……キス……っ？ 　俺とセナが……？　キス、してる……！？ 「ちょっ……んっ……！」 　やめてください！と心の中で叫びながらセナの胸を押しても、本気の視線とぶつかって体が動かなくなった。 　唇を重ねてきただけじゃなく、セナは顔の向きを変えて舌まで入れてきた。 　俺は必死に抵抗を試みるも、今口を閉じたらセナの舌を噛んでしまうかもとか、あんまり押し退けようとしたらセナが痛いかもとか、また色々考えてしまって、気付いたらされるがままになっていた。 「ん……ふっ……んんっ……」 　息が苦しい。合間に呼吸してみるんだけど、俺から出てるとは思えないくらい甘ったるい声が出てしまっていてめちゃくちゃ恥ずかしい。 　慣れてる様子のセナは優しく俺の口の中を弄んで、じわりと離れていった。 　ほんの数十秒だったはずなのに物凄く長く感じた俺の口の中は、セナが飲んでいたブラックコーヒーの苦味が残ってしまっている。 「やっぱりな。普通は男相手だと気持ち悪りぃって思うだろ。俺はぜんっぜん思わなかった。葉璃は？」 「…………知らない」 「……悪かった、急にキスなんてな。でも俺の好きって気持ちは今ので半信半疑じゃなくなかったから。もう疑うな」 「…………」 　そんな事を言われても、俺が恋愛対象だなんて絶対絶対あり得ない。 　今のキスに深い意味があるとは思えなくて、セナが疑うなと言っても俺は信じられなかった。 　いや……一番信じられないのは、俺も〝気持ち悪い〟と思わなかったこと。 　ただただビックリして、セナがどういうつもりなのか分からないのが無性に怖かった。 「……疑う以前の話じゃないの……」 「ん？　何か言った？」 「いえ、なんでも……」 　セナの勘違いを払拭する良い言葉が思いつかなくて、俺はそれっきり黙った。 　気のない素振りを見せて、何ならさっきのキスに不満でもあるみたいに膨れていれば、俺への興味も薄らぐと思った。 「ナビに住所入れてくれる？」 「…………」 　無言で言われた通りにする俺に、セナは気を悪くした様子もなくニコッと優しく笑って、車を発進させた。