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何とか葉璃ともう一度会いたいと思うのに、毎日仕事に追われていてなかなか身動きの取れない聖南は、今日も歌番組の収録でテレビ局に来ていた。
歌の録りが終わり、司会者とのトーク録り待ちで一旦楽屋に戻ろうとしていると、memoryのマネージャーである佐々木と出くわした。
すれ違う間際、電話中の佐々木は聖南に軽く会釈して通り過ぎたのだが、聖南は聞き逃さなかった。
「……〜で、だから言っただろ、葉璃。 そこは……」
佐々木の口から「葉璃」という愛しの名前が聞こえて、もう何日も葉璃を思うだけだった自分との差に、勝手に佐々木への劣等感を持つ。
聖南は衝動的に思わず追い掛けて、そのスマホをむしり取った。
「……なっ!?」
「葉璃? 葉璃なのか!?」
『え、誰? ……佐々木さんは?』
……葉璃だ……!
急に電話口の相手が変わって戸惑う葉璃の声に、スマホを持つ手が震えた。
「ちょっとセナさん、何を……」
「俺、聖南だ! いいか、今すぐここに来い! 場所は佐々木マネが言うから! 今すぐだ!」
怒った様子の佐々木にスマホを返すと、何も告げずに足早に楽屋へと向かい、後ろ手に扉を閉めて背中を凭れた。
葉璃に謝っている佐々木の声と足音が遠ざかっていくのを聞きながら、聖南はゆっくりと瞳を閉じた。
こんなにも葉璃を欲していたのかと、自分で自分に驚いた。
まだ心臓がバクバクと激しく動いていて、そっと胸元を握った。
声だけなんて耐えられない。
接点のない今、どうやって葉璃に会えばいいのかを考える暇もないほど仕事に追われていた。
あれで本当に葉璃がここへ来てくれるかなど分からない。
佐々木がこの場所を言わない可能性は大だし、場所が分かっても葉璃の意志で来てくれないかもしれない。
だが聖南は、キスを拒まれなかった事を信じて、───賭けた。
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