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来るか来ないか分からない葉璃を心底待ちながら、つつがなくトーク録りを終えた聖南は、楽屋で衣装のまま座り一点を見詰めたまま動かない。
CROWNとしての仕事は終わったので、アキラとケイタはそれぞれまた舞台稽古へ、マネージャーの成田もそそくさと事務所に戻って行った。
『来いよ、葉璃。 ……頼むから来い』
会いたい。 どうしても会いたい。
この手で葉璃に触れなければどうにかなってしまいそうだ。
祈るような気持ちで、その場から一ミリも動かずその時を待っていた。
「───セナさん、いますか?」
「……っ佐々木マネ!?」
ノックの後、いよいよ扉の向こうから知った声がして、本当に来た!と大きな期待を込めて開けるも、そこに居たのは佐々木と―――。
「………春香…」
葉璃を待っていたはずが、何故か佐々木の隣には恥ずかしそうに立つ春香が居た。
「なんで……」
違う、悪いが春香じゃなくて葉璃を呼んでくれ。
そう言いたいのに声が出ない。
「セナさんが呼んだんでしょう、春香を。 マネージャーとして、春香を男性と接触させるのは非常に心苦しいのですが、あなた方が想い合っているのなら口は出しません」
「………………」
いや、だから違うって。 それは違う!
この台詞も、まさに乙女な表情でそこに立つ春香の前では言えなかった。
葉璃に会えるかもしれないと浮足立っていたせいで、ガラス板の上に立っているかのように足元がピキピキっと音を立ててヒビ割れてグラついている気がした。
まったく予想だにしていなかった展開に、聖南は軽い目眩を覚える。
来るか来ないか分からない、来てくれたら嬉しい、いや、絶対に来てくれるはず!などと、当然ながら葉璃の事ばかり考えていたのでここに春香が来るとは想像もしていなかった。
「佐々木マネ、ちょっと中入ってくれ。 あ、春香は悪いけどここで待ってて」
「……? ……はい」
得意の営業スマイルを向けると春香は素直に頷いて、それに申し訳なさを覚えながら佐々木を楽屋に呼び込んだ。
眼鏡の奥の目は相変わらず何を考えているのか分からない不気味さがあって、それにもイラつき始めた聖南は、扉が閉まった事を確認して声が漏れないよう奥待った場所で佐々木に詰め寄る。
「おいてめぇ。 分かっててやってるだろ」
「何がですか」
「俺は葉璃を呼べっつったんだよ」
「葉璃は男の子です。 あなたの一目惚れとやらは、春香の方でしょう。 春香もセナさんの事が好きなようですし……先ほども言いましたが、大事にしてくださるなら、口は出しませんよ」
「……あのさ、誰に何を聞いたか知らねぇけど、俺は葉璃を待ってんだよ! 早くここへ連れて来い!」
「それは出来ません」
「あぁ!? 何でだ!」
飄々とした佐々木の態度に、聖南の怒りも口調もどんどんと加熱してゆく。
不気味なだけでは無く、落ち着き払った佐々木の本当の思惑まで感じた。
「何でと言われましても。 何があったかは知りませんが、セナさんは春香と自分を間違えているだけです。 と、葉璃が言ってましたので。 もう葉璃を巻き込まないで頂けますか」
「いやいやいやいや……」
やはり葉璃はまだそう疑ってたのかと、聖南は怒りのままに苦笑し頭を抱えた。
あれだけ長い時間お互いの話をして、葉璃にとっては突然だったかもしれないがキスまでした仲だというのに。
おまけに、もう疑うな、とも言ったはずだ。
ただ好きで好きで、ひと目会いたいだけなのに、なぜこんなにもうまくいかないのか。
綺麗にセットしてある髪がぐしゃぐしゃになるほど頭をガシガシと掻きむしり、佐々木を睨んだ。
「葉璃をここに呼ばねぇの、あんたの意志じゃねぇよな?」
やたらと葉璃には猫なで声だったのを思い出し、まさかと思って聞いてみると、わずかに佐々木の眉が上がった。
「それは何とも」
「〜〜ッッてめぇ!!」
ついに怒りが頂点に達し、殴り掛かる勢いで咄嗟に佐々木の襟を掴んだが瞬時に離す。
今は完全に聖南の分が悪い。
表には春香も居るので、派手にやり合えば何事かと思うに違いない。
「……もういい、分かった。 春香にうまいこと言ってそのまま連れて帰ってくれれば今日の事は許す」
「セナさん、春香に何も言わないんですか」
「話す事ねぇから。 悪りぃけど、用があるのは葉璃の方だ。 葉璃と春香を間違えてるわけじゃねぇ」
力なくしゃがみ込んだ聖南の脇を、佐々木はそれ以上何も言わずに通り過ぎ、控え室を出て行った。
『葉璃……葉璃……』
忙しくて、会いたい気持ちが募る一方だった毎日の中で今日、思いがけず会えるかもしれないという大きな期待を見事に打ち砕かれて、完全に力尽きた。
『どうしたらいいんだよ、葉璃……。 会いてぇよ……』
もう葉璃の面影も薄れ始め、キスの感触をも忘れてしまうほど、あの日から何日も経ってしまった。
好きの気持ちは膨らむ一方で、しかし話す事はおろか一目見る事も叶わない。
恋愛をした事のない聖南には、これからどうすればいいのかなど分かるはずもなかった。
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