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 葉璃に会えずじまいだった悲しいすれ違いの日以降も、目まぐるしく聖南の日常は動いていた。  葉璃への想いが強まり続けて頭がおかしくなりそうだったが、毎日が忙しないために何とか聖南を保たせてくれている。  問題の次のシングルはやはり現時点での聖南の詞が採用されることはなく、三ヶ月先送りというプロ意識を欠く結果になった。  代わりにモデル活動や取材依頼が山のように入ってきて、それらを的確にこなしていく毎日だった。  心身が疲弊する度に葉璃を思い出し、必ずこの手に抱くんだと強く決意する事で、忙しさにかまけて折れそうになる情熱も枯らさないようにしている。  この日も遅くまでモデルとしての撮影で、女性モデルと何時間も撮影し、その女性から熱い視線を感じていたのをやり過ごした。  夜も遅く、ベタつく体はスタジオにあった簡易シャワーで流してしまったので、帰宅と同時にベッドへ直行しようと決め車に乗り込んだ所だ。  佐々木が春香を楽屋へと連れて来た日から二週間後の事だった。  車を発進させる前に確認したスマホに、春香からLINEが届いているのに気付いた聖南は、エンジンをかけながら訝しつつ開いてみる。  届いた時刻を見るとつい先程で、世間一般では春香等のような未成年は寝ているであろう時間帯なせいで聖南は首を傾げた。 『……? えっ? 葉璃と話をしませんか……だと……?』  疲れているのだろうかと、聖南は何度も短い文章を確認する。  葉璃の事を想い過ぎて自分に都合の良い夢を見ているのかと思った。 「こんな分かりやすい事あんのかなー……」  あの日会わないまま追い返してしまった春香が、葉璃と聖南を引き合わせようとする意図が見えなくて、何かあるのではとどうしても勘ぐってしまう。  けれど聖南は、葉璃に会いたい。  声だけでもいいから聞きたいという欲求は抑えられず、少しだけ迷った末に春香に返事を打った。  するとすぐに、夜遅いのでもし良ければ家まで来てもらえないかと返事が来て、急いで車を走らせた。 『会える、とうとう会えるんだ……!』  ここからだと葉璃の家までおよそ四十分はかかるだろうが、渇望していた葉璃との時間を前に、深夜まで続いた疲労など一瞬で吹っ飛んだ。  聖南自身も多忙過ぎて、このまま会わずに何年も月日が経ってしまうのではと憂慮していた。  葉璃に会える喜びと興奮で、聖南はいつも以上にナチュラルハイに陥っていた。  時刻は深夜0時。  自宅からすぐそばの公園で待っているとのLINEが来て、聖南は車を脇に停めて歩いた。  念願の人影が見えて走り寄ろうとしたものの、そのシルエットは明らかに女性……春香である。 『俺……また嵌められた?』  聖南は瞬時に春香だと分かったが、そのまま歩を進めた。 「……っ! セナさん! 本当に来てくれた……!」 「……どういう事?」  キラキラと眩しいほどの笑顔を見せる春香が目の前に居るが、念の為辺りを見回してみるも肝心の聖南の思い人は居ない。 「セナさん! 私じゃ……ダメですか……っ?」  切羽詰まった様に春香は近付いてきて、聖南は同じだけ後ずさる。  聖南が多忙である事を承知していた、あんなに物分かりの良かった春香が、こんな夜中に呼び出すほどに我を忘れて縋ってくるなど信じられなかった。 「……もしかして佐々木マネから何か聞いた?」  春香の突然の告白は不穏な気配しか感じない。 葉璃と聖南を会わせないようにしていた佐々木がいらぬ事を吹き込んだのでは、とすぐに思い立った。  瞬間、春香の焦った表情が曇る。 「あ……あの……佐々木さんもですけど、主に葉璃から……」 「葉璃からもか」  どうやらあの佐々木がおかしな方向に口添えし、葉璃が追い打ちのように春香をそそのかしたのだろう。  聖南は春香の事が好きなんだよ、とでも言ったのかもしれない。  確かにあれ以来話はおろか会えてもいないので、葉璃の誤解を解けないまま日にちばかりが経ってしまったのがよくなかったと思う。  だが今や葉璃との接点が皆無の聖南には、どうする事も出来なかった。  葉璃と話をする前に、まず春香へハッキリと言わなければならない。  目の前の春香は、こんな時間にも関わらずバッチリ化粧し、可愛らしい服を着てこうして聖南の前に居るが、いくら似ていても求めているのは男である葉璃の方だった。  どんなに葉璃が姿を変えても見付ける自信がある。  聖南の心は、完全に葉璃個人に魅了されていて、他の誰でもダメだ。 「春香、よく聞いてくれ。 周りが何をどう言おうと、俺は春香とは付き合えない。 俺が二人を間違えたせいで春香に気を持たせてしまったんなら、それは謝る」 「え……でも、……葉璃が……」 「俺はその葉璃の事が好きなんだ。 一目惚れしたのは、葉璃だ」  ごめん…と聖南は、動揺して揺れる春香の瞳を真摯に見詰め返した。  もし春香が本気で自分を好きでいてくれるのなら、今はその恋する気持ちが痛いほどよく分かるだけに、ここはきっぱりと断らねばならない。  同時に、葉璃との事を思うと、この調子では自分も「ごめん」と言われる立場かもしれないと頭が冷えた。 「……葉璃から話は聞きました。 ……セナさんは私と葉璃を間違えてるの一点張りで……。 話を聞く限りじゃ、もしかしてセナさんは本気で葉璃の事好きなんじゃないかって思ってはいたんです。 でも、私もセナさんの事好きです……同じ顔だし、私……女だから……」 「ほんとごめん。 性別は関係ねぇんだ。 ぶっちゃけ、今となっては顔もそんなに重要じゃない」 「でも一目惚れって……」 「あの瞳にな。 顔は確かにタイプだけど、二人は似てるようで全然似てねぇよ」  ついに俯いてしまった春香は、きっと地面を見詰めて涙をこらえているに違いない。

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