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朝、顔を洗うために眠い目を擦りながら一階に降りると、リビングでニュースが流れていた。
それを熱心に見守る両親がいて、父さんまだ出社してないんだ…って事は今日早起きしたんだな俺、と何の気無しにリビングを素通りしようとした所に、
『……〜〜人気アイドルグループCROWNのリーダー、セナさんが自称グラビアモデルの女に腹部を刺され……』
という驚くべき内容が耳に飛び込んできた。
走ってリビングまで戻り、粛々とニュース原稿を読む女性アナウンサーを凝視する。
朝から元気ね、という母親の呑気な声なんかシカトで、一足早く起きていた春香の横に力無く座った。
「これって……あの聖南の事言ってる?」
「そうみたい……」
画面ではこれまでの聖南の活躍ぶりが存分に流されていて、繰り返し伝えられるニュース内容は血の気が引くものだった。
春香も呆然としていて、にわかに信じられない事が起きていると即座に理解するも、嘘でしょ…とすぐには受け止めきれなかった。
「セナさん、命に別状はないみたいだけど……心配だね」
「………………」
頭がうまく働かず、その場でどれくらいボーッとしてたか分からない。
春香に強く促され学校へ行く支度をし、女子高に通う春香と駅で別れてからも、道行く人達や校内がセナの話題で溢れていて、背筋が寒くなって鳥肌が止まらなかった。
ニュースによると、深夜に帰宅した聖南を突然女が果物ナイフで聖南の脇腹を切り付け、咄嗟に身を捻ったが避けきれずの怪我……という事だった。
どうしてそんな事に……。
学校でももちろん聖南の話で持ち切りだから、色んな情報が飛び込んできて指先が震えた。
聖南から俺のスマホへの最後のメッセージは、前日の夕方過ぎ、同じ頃着信も入ってたけどダンススクールで汗を流していた俺はその電話には気付かなかった。
スクール帰宅後から寝るまでは慌ただしく、スマホは寝る前に目覚ましの確認しかしない疲れ果てていたいつもの俺を、死ぬほど恨んだ。
お昼には聖南からLINEが来てたことを知ってたんだから、ダンススクールのレッスン前にでも返信しておけば良かった。
こんな事になる前に。
相手が聖南だからって、いつまでもウジウジして弱虫のままでいたらダメだったんだ。
俺は間違いなく聖南に惹かれてるって、ちゃんと自分でも分かってたはずなのに怖がって……聖南の想いに甘えて胡座をかいていた。
報道されていたのは、傷の縫合は済んだのにまだ聖南が目覚めないという血の気の引くもので。
そんなところに無神経にもメッセージを送り続けるわけにもいかず、完全にタイミングを逃した俺は目覚めた聖南からの連絡をジッと待つしかなかった。
次は怖がらない。
……ほんとはすごく怖いけど、ちゃんと本心を伝えなくちゃって、俺はいつ連絡がきてもいいようにスマホを肌見放さず持っていた。
聖南の事件から二日。 トップニュース扱いのままの報道番組は、聖南が目を覚まさず何も進展がない事を全局が伝えていて、さらに心配が増す。
生きていてくれるならそれだけでいい。
けど、目を覚まさないのはどういう事なんだろう。
いつもなら電源から落としておくスマホを、いつでも着信が分かるようにこの二日は授業中でもマナーモードにしてポケットに忍ばせていた。
「葉璃ー、ごはん行こ」
恭也がいつものように学食へ誘ってくれて立ち上がったその時、ポケットから待ち焦がれた振動を感じた。
相手を確認する間もなく、反射的に体が動いていた。
「ごめん、恭也! 先行ってて!」
「……? うん」
恭也にごめんのポーズをして、人通りのない教室前までダッシュして、知らない番号からの着信を取った。
そこからは無我夢中だった。
俺やれば出来るじゃんってくらい、テキパキと段取りを付けたのだけは覚えている。
あのCROWNのアキラさんから「セナが呼んでるからこっちに来てほしい」と電話をもらって心底驚きながらも、もう逃げないって決めた俺は夢中で動いた。
聖南の病院へ行くために鞄を持って担任に早退すると告げ(具合が悪そうな演技をしてみた)、目印となる場所へタクシーを呼んで乗り込み病院へと急いだ。
サングラスを掛けた本物のアキラさんがすぐに俺に気付いて声を掛けてくれたけど、思ってた以上に背が高く、しかもその存在感でバレつつあるのか周囲の視線を一心に浴びていて居心地が悪かった。
エレベーターの中でアキラさんが教えてくれた、最上階にある三つしかない特別個室のうちの一つに、聖南はいるという。
その扉前のネームプレートには「日向 聖南」とあって、フルネームすらカッコイイなんてズルいと変な事を思った。
アキラさんは俺と聖南の関係をどう思ったのか分からないけど、電話をしに行くから入ってて、なんて気遣われるように言われたら、心細くても一人で入らないといけない。
聖南はちゃんと生きてて、命に別状はないってみんな言ってたんだから……そう分かっていても、ニュースの第一報を聞いた時の衝撃が頭から離れなくて。
目の前から聖南が居なくなるかもしれないという恐怖が、この瞬間ですら襲ってくる。
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