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 他人に自分のものを触られた事なんか、当然無い。  いきなりはヤダって抵抗してみても、怖いほど見詰めてくる聖南は俺を離してくれなかった。  ほんのちょっと擦られただけなのにすぐにイッちゃって、恥ずかしいったらない。  聖南が呆れてないか、気持ち悪がられてないか、頭の片隅で不安がぐるぐる回ってたんだけど、長いキスのせいで呼吸だけじゃなく思考もなかなかうまくいかなかった。  実際には俺は、抵抗らしい抵抗なんかしなかったし。 「葉璃、大丈夫か?」  呼吸が整わない俺は、聖南の胸を借りて数分はジッとしていた。  その間、背中を撫で続けてくれる聖南の大きな手のひらが心地よくて、凄まじい疲労感も手伝って目を閉じたらこのまま眠ってしまいそうだった。  気遣う聖南の声は、すごく優しい。  俺の不安な気持ちなんかふっ飛ばすくらい、甘い雰囲気なのは分かる。  でも……。 「…………大丈夫なはず、ないです」  一言くらい不満を訴えてもいいはずだ。  恥ずかしかったんだから。  苦しくても逃げられなくて、突然の快感に驚く間も無かったんだから。 「ふっ。ごめんな、いきなり」  俺の精一杯の恨み節を、聖南は優しく笑い飛ばす。  目を閉じて広い胸に寄りかかっていると、いくらかマシにはなってきた。傷に障るといけないから離れようとすると、今度はすんなり解放してくれる。 「俺ちょっとトイレ行ってくる。それ飲みながら昼飯何がいいか考えてて」  俺が放ったものは、聖南が手のひらでうまく受け止めてくれていた。  出しっぱなしで寂しく濡れてる俺のものを、聖南はためらい無く綺麗に拭いて直し、ジーンズのファスナーまで上げてゆっくりと立ち上がる。  バスルームらしき場所に消えた後ろ姿を目で追いながら、俺は背もたれに体を預けた。 「は、恥ずかしかったぁー……!」  一人になると、途端に物凄い羞恥が襲ってきた。  いても立ってもいられなくて、足をジタバタと動かし両手でほっぺたを覆いながら悶える。  聖南の掌の感触がまだリアルに残っていて、ギュッと足を閉じても何の気休めにもならない。  聖南に触れられた所と、散々弄ばれた唇が未だに熱を持ってるみたいに熱い気がして、頭がボーッとする。  もちろん、初めて他人に触られた。  扱かれてイかされたのも、初めて。  何回か経験のあるキスの記憶は全部聖南だけど、目が合ってしばらく見つめ合っていた時からすでにいつもと違った気がする。  どこかへ飛んでいってしまいそうなほど気持ち良かった。だからって、あんなに早くイっちゃうなんて俺自身もビックリだった。  それからほんとに五分ほど戻って来なかった聖南は、そのままキッチンへ入り「決まったか?」と言いながら二杯目のコーヒーを注いでいる。 「……何でもいいです」 「何だよ、怒ってんの?」 「怒って……ないです、恥ずかしいだけで」  さっきと同じ場所に腰を下ろした聖南は、コーヒーを啜りながらフフッと不敵に笑った。 「可愛かったよ、マジで。傷が治ったら覚えてろ」 「何をですかっ」 「ん、想像にまかせる」  当たり前のように肩を抱かれて、至極上機嫌な聖南の胸に凭れかかりながら、よく分からない発言に首を傾げるしかなかった。  お腹は空いてるはずなんだけど、ついさっきの出来事で頭がいっぱいで何が食べたいかなんて決められない。  無音の室内。天井でくるくる回るシーリングファンを見てると、時が止まったみたいに穏やかな気持ちになった。 「葉璃、腹減ってんだろ? 鳴ってるぞ」  それでもやはり体は正直で、俺の腹から鳴ったグゥーっという低い音が聖南にも届いたらしい。 「ほんとはペコペコですよ。でも聖南さん、外に食べに行くのはダメでしょ? しばらく外出禁止って言われませんでした?」 「そうなんだよ。だからケータリング頼もうと思って。 和洋中選べるしな」 「え、それ聖南さんだってバレません?」 「そこは社長がうまく根回ししてるから大丈夫。さっそく頼むか」 「はい!」  ケータリングサービスなんて初めてで、聞いただけでワクワクした。  聖南から聞くまでよく知らなかったけど、今頼んだお店は和洋中のオーダーに合わせて料理を運び、その際の配膳や後片付けまでやってくれるそうだ。  本当は十名以上とかのパーティー向きなサービスみたいだけど、社長から根回しがあると言ってた聖南は本当に特別なようだった。  三十分とかからずやって来たスタッフの人達から、ダイニングテーブルに横並びで座る俺達は次々ともてなされ、そこで初めて俺は聖南と料理を共に食べている事に気付いて何だか嬉しくなった。 「さすが、一流の店はケータリングでも同じ味だ。美味いな」 「はい、美味しいですっ」  ナイフとフォークを使って食べる上品な料理達でも、家ならかしこまらず箸で食べられたし、何より俺がなかなか食べられないような高級フランス料理で。  食べ終わる頃にはほっぺたが落ちたんじゃないかと不安になるほど、とっても美味しかった。  根回しがなくても秘密を厳守してくれそうな恭しいスタッフ三名は、後片付けまできちんとこなし、ほぼ会話らしい会話をしないまま整然と帰って行った。

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