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 アキラに発破をかけられてから、聖南はあの曲を大幅に修正し直して完成させた。  アドバイス通り、ラストまで結論の出ない切ない片想いの歌詞が特徴の、キャッチーなレトロポップス。 自信作だ。  健康的な生活と仕事への意欲を取り戻した聖南は、動き始めていた。  CROWNの始動まで、残り一週間となった。 「もう全然マスコミ追わなくなったな」 「快適だよ、マジで」 「いやいや……それお前が言うか」  アキラに突っ込まれ、フッと笑うに留めた聖南は近視用の眼鏡を掛けてその時を待った。  聖南は髪を少しだけ切り、色も以前より落ち着いたレッドブラウンを入れてCROWN始動の準備を着々と進めている。  同時に、聖南が書き下ろした曲が見事に葉璃と恭也のデビュー曲に抜擢された。  件の二人が、間もなくこのレコーディングスタジオにやって来る。  読み通り、やはり葉璃はこの話をOKしたのが先週の事だ。  社長にユニットをデビューさせると突然宣言されたあの日の前日。 大塚事務所のスカウトマンが、memoryが所属する事務所で遭遇した葉璃の容姿にまず惹かれ、無理を言って聴かせてもらった歌声にさらに興味が増し、ダンススクールまで追いかけて行った。 そして極め付きは、彼のダンスのセンスだった……というのが、事の顛末らしい。  なぜ他事務所のスカウトマンが簡単に相澤プロダクションに潜入できたかは謎のままだが、それには佐々木が大きく絡んでいると聞いて聖南も妙に納得した。  葉璃の返事次第ですぐにチームが動くと言っていた社長の言葉通り、聖南の楽曲完成と、葉璃と恭也の学校の都合で今日という日が設けられた。  アキラとケイタは少ししかこの場に居られないらしいが、ここには他にも、マネージャーの成田、社長、副社長、幹部三名と、レッスンを取り仕切るトレーナー、編曲チーム四名がそれほど広くはないスタジオ内にギュッと押し込まれている。  聖南はその中央に陣取り、二人の歌声の確認をしてから詞のパート割りをするというのが今日の作業なのだが……。  ほんの一、二時間で終えそうな作業にも関わらず、こんなに人数要らないだろ、と苦笑する聖南はずっと息苦しかった。  大人達がこの空間にギュギュッと密集すると息が詰まりそうで、早めに終わらせようと決心して二人の到着を待つ。  今日は恋人(今の所…)の聖南としてではなく、CROWNのセナとして振る舞わなくてはならないし、聖南もその覚悟でいる。  あれから一ヶ月近くが経っているため、聖南の心中は葉璃に会えるという高揚感で穏やかとはかけ離れていたが、これは葉璃達の大切なデビューのための第一歩なので私情は挟めない。  演技は苦手だが、それは本心なので演じなくてもそう出来るはずだ。  生々しくも葉璃とのセックスが聖南の最後の記憶なので、やって来た葉璃を見ると本能的に興奮してしまうかもしれないが、それは許されるよな、と自分に言い訳をしながら扉と時計を交互に気にした。  顔合わせや話し合いの場にはCROWNは同席出来なかったので、聖南は今日初めて、恭也と対面する事になる。 「あ、来た」  数名の足音がスタジオの外から聞こえてきた。  聞き付けたアキラがそんな事を言うので、心臓が跳ね上がりそうな聖南は何気ないフリで椅子に座り直した。  ───コンコン。  ノック音に、いよいよ聖南の緊張もピークに達した。  表情は何も変わらないが、心臓が驚くほど早く脈打っているのが分かる。  葉璃が来る。 葉璃に会える。  頭の中が真っ白になるとは、まさにこの事だ。 「失礼します」  お辞儀をしながら先に入って来たのは、まだ若そうなスーツ姿の男だった。  とは言っても聖南やアキラと変わらないくらいだろう。  続けて恭也…らしき垢抜けない男と、超絶可愛い葉璃が視界に飛び込んできた。 『ッッヤバイヤバイヤバイヤバイ……!! 俺ちゃんと無表情できてっかな!?』  制服姿でそこに立つ葉璃は、後光がさしているかのように聖南には輝いて見えてしまい、咄嗟に前に立つ副社長の影に隠れていつもの鼻血を気にして鼻を押さえた。  葉璃と出会った当初のように、その姿を見ただけで興奮度合いは瞬時にMAXにまで跳ね上がる。 「宮下恭也……です。 よろしくお願いします」 「……倉田葉璃です。 よろしく、お願いします」  二人は順に自己紹介をしながら、事務所のトップ達を見据えて深々と一礼した。  やはり葉璃は、あれからさらにまた内面が変わったのか、目付きや顔付きが以前より明るく見えた。  そして……聖南も撃ち抜かれたあの瞳。  恋の矢となって聖南のハートを撃ち抜いた魅惑の瞳は、健在だった。  性格と反比例した力強い視線。  何故あんなにも印象的なのだろうと不思議だったが、蝶の素質を持つ葉璃は、聖南と同じく秘めたる内側には芯が一本通っている。  もしそうだとすると、蝶に成長した葉璃が一体どれほどの飛躍をするのか、ものすごく見てみたいと強烈に思った。  そんな想像をしていると、社長から、二人とは初見(という事になっている)であるCROWNとの挨拶を促される。  必死で「セナ」を繕った聖南はゆっくりと立ち上がり、葉璃の前に立った。  見上げてくる葉璃の上目遣いに撃ち抜かれながら、いたって冷静さを装い右手を出す。 「CROWNのセナです。 よろしく」 「……っ! よろしく、お願いします……」  戸惑うような素振りを見せて恐る恐る左手を出してきた葉璃だったが、聖南には分かってしまった。  照れている。  見上げてきた葉璃の頬が、聖南を見て一瞬にして赤らんだのが何よりの証拠だった。

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