97 / 584

20❥6

 すぐにでも抱き締めてしまいたいと両腕がウズウズしたが、そこは死に物狂いで我慢した。  続けて恭也にも同じように挨拶をすると、彼は鬱陶しい前髪はそのままに、思いの外強めに手を握り返してきた。 「宮下恭也です。 よろしく、お願いします」  アキラとケイタも聖南の後に続いて挨拶をしていたので、先程の椅子に戻った聖南は遠目に恭也を観察する。  背は高そうだが猫背気味で、佇まいも何だかパッとしない。  前髪が長くてまともに顔が拝めないからか、根暗そうだという印象を持っても仕方がなかった。 『社長が見立てたって言ってたよな? 大丈夫か、こいつ』  本当に歌を歌ったり激しくダンスをしたり出来るのか、このような見てくれでは不安しかないと聖南は腕を組んだ。  そこへケイタが不機嫌丸出しで眉間に皺を寄せて戻ってきた。  聖南とアキラを交互に睨んでくるので、なんだ?と小声で問う。 「ハルが男だって何で教えてくんなかったんだよっ」  編曲チームが自己紹介を始めた奥で、ケイタはその話し声に紛れて小声で怒りをぶつけてきたが、アキラと聖南は顔を見合わせて吹き出してしまった。 「何だよ、知らなかったのか?」 「ヤバ、マジでウケる」 「ウケないって! ひどいじゃん! 今の今まで、ハルは女の人だって思ってたよ!」  滅多に怒る事のないケイタが、場の空気を読んで小声で怒りを顕にしてくる。  一人だけ知らなかった重大な事実を今頃知った事に怒りが治まらず、キレなければ気が済まなかったらしい。 「悪い悪い……、もう話の流れで知ってるもんだと思ってた」  あまりの剣幕と物珍しさに笑ってしまったが、そういえばケイタは大事な場面で度々席を外していた事を思い出し、ケイタに左手でごめんのポーズをしてやる。  アキラも納得がいかない様子のケイタの背中を、落ち着けよと言いながら撫でてやっていて、何とも可笑しかった。 「軽蔑する? 俺の相手が男だって知って」 「……するわけないじゃん。 ……めちゃくちゃ驚いたけどさ。 セナってやっぱ最先端いってるなって思っちゃったよ」 「だろ? 俺最先端いっちゃってんのよ」 「復活したな、セナ……」  アキラのやれやれな声を久々に聞いて、眼鏡の奥で聖南は笑った。  CROWN三人のヒソヒソ話と同時に自己紹介も終わり、マネージャーの成田が二人に今日の流れを説明しているのを確認すると、聖南はヘッドホンを装着し、仕事モードに早々と気持ちを切り替えた。  アキラと、まだ不貞腐れ気味だったケイタは挨拶を済ませてから舞台稽古へと向かって行った。  恭也と葉璃の二人は成田に促されボーカルブースに入っていき、それぞれマイクの前に立つ。  どうしても葉璃の方にばかり目がいってしまうが、社長達の手前きっちり仕事をしなくてはと自身を奮い立たせる事で精一杯だ。  舞い上がりそうな気持ちと、葉璃からの「待て」状態である聖南の胸中は忙しい。 「んと、じゃあ早速始めるな。 まず恭也から、渡してた課題曲メロディーラインで歌って。 葉璃はハモリな」 「はい」 「はい」  二人にはあらかじめ練習用にと既存の曲の詞と譜面を渡していたので、彼らはすぐに聖南の言葉を理解した。  曲が流れ始め、緊張の面持ちで恭也が歌い始めると、聖南はハッと息を呑む。 『…………これか、社長が言ってたのは』  長い前髪を後ろに結び、恭也の顔面が晒されている今、この歌声と容姿はどこのアイドルにも引けを取らない、むしろ歌声に伸びと安定感がある恭也はさらに周りを逸していた。  まだまだ若い歌声ではあるが、変声期を迎えてすぐから何年も訓練されたであろう喉の強さを感じる。 高音も軽々と出せているのは歌手として強みだ。  サビに入り、右耳から聴こえてくる葉璃の歌声にも凄まじい驚きを持って聖南は聞き入った。 『なんだよ、これ……』  もはや二人の歌かと錯覚してしまうほどのマッチング力に、スタジオ内に居た大人達はどよめいている。 「……OK。 次、葉璃がメロディーライン、恭也がハモリ。 続けてでいけるか?」 「はい、いけます」 「はい」  力強く二人が頷いたのを見て、曲のスイッチを押す。  葉璃の歌声は、話し声より少し高めだ。  その分音域が広くて耳馴染みが良く、綺麗で澄んでいた。  ビブラートも難なくこなし、軽々とサビの高音を出せる辺り、たくさんの練習量と努力を垣間見た。  もう少し喉と腹筋を鍛えると、さらに声に深みと厚みが増すだろう。  曲中、聖南はずっと瞳を閉じていた。  知られざる逸材二人に、長年この業界にいる社長とスカウトマンの目は侮ってはならないと思い知った。 「はい、完璧。 二人とも水飲んで休憩して。 十分後にもう一曲の方歌ってもらう」  成田とスーツの男が水を持って行くと、葉璃と恭也はペコペコっと遠慮しながら水を受け取り、飲んでいる。  この大人達の無言の圧力も意に介さず、あれだけの歌声を聴かされてしまっては、聖南も本腰を入れなければ失礼にあたると感じた。  仲睦まじそうな二人の様子を、聖南は眼鏡越しに何とも言えない心境で見詰める。  ヘッドホンを外し、僅かな動揺を落ち着かせようと自らも水を飲んだ。

ともだちにシェアしよう!