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 聖南は昔から人見知りとは無縁なので、テレビ番組などで初対面の人物と話すのはそれほど緊張しない。  しかし今この瞬間、味わった事のない胸のザワめきを感じながら呼び出し音を聞いている。 『もしもし、葉璃? あんたどこにいるの?』  案の定、若干怒りのトーンで葉璃ママが電話口に出た。 「もしもし、突然すみません」 『あ、あら、誰なの? 葉璃は?』 「私、CROWNというグループのセナと申します。 今回葉璃くんがデビューする事務所の先輩にあたります」 『えぇぇぇぇ!?!? あ、あのCROWNの!? な、な、なんでそのセナさんが葉璃の電話を……!?』  名乗ったと同時の葉璃ママの好感触な反応に、いけると思った聖南は通話しながら葉璃の元へ戻る。  もう話し始めている聖南を見て目を丸くした葉璃は、慌てて上体を起こした。  ベッドへ腰掛けて、何を言うのかと不安そうな葉璃の濡れた髪を撫でてやる。 「葉璃くん、今日スタジオで歌練習だったのですが、終わってからしばらくして喉が痛いと訴え始めたので、いま自分の部屋で休ませています。 送ってあげようか、もしくはお母様にお迎えを頼んだりも考えたのですが、今日は葉璃くん、ひどく疲れたかと思いますので、もし良ければこのまま泊まらせてあげたいと思いまして」  聖南の丁寧な口調に、傍で聞いている葉璃は覗き込む勢いで聖南の表情を窺うが、当の本人はいたって真顔だ。  少しは恐縮したような緊張気味な表情を期待していた葉璃だったが、拍子抜けなほど聖南の表情はいつもと変わらない。  葉璃の立場からすると、我が母親と聖南が話をしているという状況は妙な感覚と言う他なかった。  どんな顔をしていればいいのか分からず、聖南の隣に張り付いたまま毛布を頭から被り顔だけ出した顔はめパネルの様になって、驚く母親の声を漏れ聞いた。 『そ、そうなの? でもご迷惑ですよ……そんな、セナさんのご自宅だなんて……』 「とんでもない。 事務所の先輩が後輩の面倒を見るのは、この業界ではよくある事ですから、まったく問題ありません。 これから長い付き合いになる事ですし、親睦を深める意味でもちょうどいいかと。 一旦、葉璃に電話を代わりますね」  あとは葉璃のひと押しだと、毛布を頭から被ったウサギのように戸惑う葉璃にスマホを渡した。 「あ、母さん? うん、そうなんだ……うん、……うん……」  葉璃と葉璃ママとの会話は別段聞かなくてもいいと判断し、聖南はベッドルームから出てキッチンへ移動した。  家用のスマホから夕飯のケータリングの手配をして、ミネラルウォーターのペットボトルを持って葉璃の元へ戻ると、まだ会話中だった。 「うん、そうだね……、うん、うん、……分かったからもう切っていい?」  毛布から飛び出た葉璃の鬱陶しそうな態度を初めて見た聖南は、思わず吹き出してしまった。  「学校休む事は言った?」と小声で聞くと、まだ、という風に頭を振ったので、葉璃が切る前に聖南はもう一度スマホを受け取った。 「あ、もしもし、お話中に申し訳ありません。 もう一つ、お願いがありまして」 『あらっセナさん! お願いって何かしら?』 「今日の様子ですと、明日朝までに回復するとは言い難いかと思います。 喉の痛みですから、熱など出して悪化するとよくありませんので、明日は学校を欠席して療養させてあげてほしいのですが」 『いいわよ〜もちろんじゃない! 学校へは私から連絡しておくから、大丈夫よ。 病院行かなきゃってなったら、悪いけど葉璃を家まで送ってくれる?』 「それは任せて下さい。 何も無ければ明日の夕方にはお送りしますので、連絡が無いときは心配いらないと思っていて下さい」 『分かったわ、ありがとう♡ 申し訳ないけれど、お願いします。 今度お家に遊びに来てね、ご馳走用意して待ってるから』  葉璃ママは、とてもご機嫌で通話を終了した。  あまり味わえない緊張感は、葉璃ママの非常に良い反応で一瞬にして吹き飛び、むしろこちらの要望は何でも受け入れてくれそうな勢いだった。  恋人の親と話すなど初めての経験で、どちらかというと過去が過去なだけにどう接すればいいのか分からない。  こういう事は敬遠しがちな方だと思っていたが、葉璃の親ともなればやれば出来るみたいだと分かった。

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