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 真っ白ピカピカな聖南の愛車に乗り込むと、まだ早いからどこかお店に入って朝飯食お、と言われた。  でも朝はあまり食べ付けてないから、俺は気が進まなくて弱々しく断った。  そうなんだ、と言いつつ車を発進させた聖南は、途中に寄ったコンビニで袋がパンパンになるほどのおにぎりやサンドイッチを買ってきてくれた。  二人でコンビニに入っちゃうと色々まずいから、聖南一人で行かせる形になったんだけど……。  サングラスをしていても凄いオーラを纏った聖南が、出勤前のおじさん達と一緒に不似合いなレジに並んでいて、それがあまりに非現実的過ぎて車内から見てた俺はちょっと笑ってしまった。  周囲から聖南だとバレ始めていても、本人は何ら気にする風でもなく車に乗り込んできた。  そして人通りの少ない場所に車を移動させて、まんまるになったビニール袋を寄越される。 「いっつも朝食わねぇの?」 「食べますけど、ロールパン一個とか。 それも詰め込んでる感じです……」 「そうなんだ。 朝はおにぎり一個でいいから食っとけよ? 食い切れなかったらクラスの奴らにあげて」 「えっ? あげてって……ていうかか絶対に食べきれないですよ。 聖南さん、買い過ぎです」 「あれもこれもってカゴに入れてたらそんなになっちまったんだよ。 金払うとこにも食いもんたくさんあったし。 コンビニって久々行ったけど楽しいな」  ……そっか。 人気者はそうそうコンビニ行ったりとかもしないんだ。  表情は変わらないけど声で楽しそうなのが伝わってきて、その無邪気さに可愛い人だなと思った。 「………………」 「………………」  聖南、朝だから面倒くさがって髪の毛セットしなかったのかな。 以前より短くなった髪があちこちにハネてるよ。  これはこれでそういうヘアスタイルに見えるから、美形は得だな。  怖いくらい見詰めてくる視線をかわすように、俺は聖南の髪に触れた。  赤茶色の髪を耳にかけると、チャラさが倍増する輪っかのピアスがお目見えする。  これこれ。 このピアスと、塞がったいくつもの痕を見付けた時、CROWNとしてデビューする前の聖南を垣間見た気がして切なくなったんだっけ。  話、聞かなきゃ。  お父さんと出くわしただけで、あんなに落ち込んだ声を出すほどの過去があったんだ。  こんなに綺麗な顔をして、誰よりも楽しそうに歌って踊って、バラエティーに出演したらモデルとして魅せる姿とは真逆の盛り上げ役に徹する聖南の内側を、俺は知りたいと思った。  ピアスにそっと触れて、聖南のほっぺたを撫でてみる。  教えてほしい。 どんな事を聞いても俺は聖南の味方だから。 聖南が俺に「蝶になった」って言ってくれた日から、さらに世界が明るく見えてきた俺なら、受け止めてあげられるから───。 「あ、あの……」 「んー? どした?」  聖南の家から高校までは車で三十分かからないくらいで、うかうかしてたらすぐに別れの時がきちゃうと焦った俺は、肘置きに置かれた聖南の左腕を触って声を掛けた。  遠慮の無い俺の行動に驚いた顔を見せた聖南が、顔を傾ける。 少しだけ沈黙し見詰め合うと、彼の瞳に獣がチラ見した。  人目がないからって、聖南ってばこんなところでキスしようとしてる。 「聖南さん……っ、だめ」 「ちゅーダメ?」 「はい、だめです」 「今めちゃくちゃその空気だったじゃん。 一回だけ! なっ?」 「だーめ」 「……かわいーから許す。 週末覚えとけ」 「いじけないでくださいよっ」  ぷにっと俺のほっぺたを摘んだ聖南が、拗ねながらもキスは諦めてくれてホッとした。  誰が見てるか分かんないこんな場所で、キスなんか出来っこない。  万が一、人に見られでもしたら? マスコミの人に見付かったらどうするの?  ……という尤もな言い訳で、ドキドキから逃げ切った俺はすごく冷静だ。  拗ねてたはずの聖南が、俺をジロジロ見て「制服かわいー。萌え」といつもの調子で揶揄ってくるから、今度は俺が膨れる番だった。  ほっぺたのつまみ合いなんて、今時小さな子どもすらしないよ。  二人とものほっぺたがピンクになるまで遊んでいた俺達は、朝の情報番組の時刻を見て我にかえった。  学校までそう時間はかからないけど、渋滞にはまったら俺は遅刻しちゃうし、聖南は仕事に間に合わなくなる。 「……行くか」 「……そうですね」  俺も、聖南も、名残惜しかった。  聖南はハンドルを握り、俺は聖南が買ってくれたまんまるなビニール袋を両手に抱える。  再び走り始めて数分、今話し掛けても大丈夫かなと不安になりながら、肘置きに置かれた聖南の左手に触れた。 「聖南さん、あの……昨日、話聞いてあげたかったのに、俺いつの間にか寝ちゃってて……すみません」 「なんで謝んの? 俺、ちゃんと葉璃に励まされたよ」 「え、いや……俺寝てただけですよ」 「葉璃が俺の家でかわいーく寝てた。 朝一緒にこうして居てくれてる。 これだけで俺は超元気になったけど」  そんなわけない、と聖南を見るとちょうど信号待ちで、ハンドルを握っていた方の手で聖南に頭を撫でられた。 「行きますって言ってくれた葉璃の気持ちがめちゃくちゃ嬉しかった。 実際来てくれてて、もっと嬉しかった。 仕事とはいえ遅くなった俺の方が謝んなきゃ」 「そんな……。 でも俺、お父さんの話とか、聖南さんの昔の事とか、ちゃんと聞きたいです。 ……いつか話してくれますか?」 「……そうだな。 いつか、な」  お父さんの話を出すと、聖南は途端に緊張した面持ちになった。  その表情は横顔でさえも切なげに見えた。  根が深そう、どころじゃなく、この話を無理にさせてしまうと聖南の心の傷を抉ってしまうような気がして、それ以上深くは聞けなかった。  聖南が話したくなったら、話せる日がきたら、きっと打ち明けてくれると思う。  明らかに顔色が変わった聖南の様子を見て、俺に受け止めきれる話なのか急に心配になってきたけど……そんな事言ってたら前の弱々な自分に戻ってしまうから、俺も聖南を支えられるように強くならなきゃと自分を奮い立たせる。  繋いでいる右手が、じんわりと温かく俺の背中を押してくれるから、俺はその厚意に応えたいと思った。

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