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自分で淹れるコーヒーが一番うまい。
最近行く先々で飲むコーヒーは紛い物かと疑うほど味がしなくて、飲めたものでは無かった。
聖南はコーヒーマグを片手にソファの定位置に腰掛けながらスマホを持つと、葉璃の名前を押した。
今日は土曜日。
明日のレッスンは午後からだと葉璃からのメッセージで知っていたので、まだ十時前だし断りもなく電話しても構わないだろうとウキウキだった。
葉璃の声を聞いて、先程の嫌な思いを断ち切りたい気持ちも大いにある。
『…………はい、…』
「葉璃? ……なに、寝てた?」
『ん……聖南さん? 寝てました、すみません』
「そっか、ごめんな、起こしちまって」
『いえ…大丈夫です。 …お仕事終わったんですか?』
「あぁ、今日撮影だったんだけど、早めに終わったから葉璃の声聞きたくて。 でも寝てたのに悪かった。 …じゃあな」
『あっ、聖南さん、待って。 ……久しぶりに聖南さんの声聞いたから、もう少しだけ…』
「………………………」
可愛い。
明らかに眠そうな声で応じているのに、聖南との電話は久しぶりだからと引き止めてくれるとは、可愛い以外に言葉が思い付かない。
『聖南さんも忙しいんでしょ? 俺も、冬休み終わってから毎日バタバタしてます。 ……会いたいなー……』
「んじゃ、会うか」
『えっ? 無理ですよ、聖南さん明日もお仕事でしょ?』
「構わねぇよ。 会いたい時は会わねぇとな。 30分後に降りてこい。 そっち行くから」
葉璃の返事を待たずに通話を切ってしまうと、聖南は飲みかけのマグをテーブルに置いて急いでコートを羽織った。
葉璃が会いたいと言っている。
聖南も、会いたいと思っている。
二人の意見が一致している事で、聖南の行動は早かった。
片道40分近くかかるところを、道路が空いていたからというのもあるが若干飛ばして25分で到着すると、葉璃はすでに家の前で待っていた。
「寒かったろ。 ほら、早く乗れ」
「こんばんは、聖南さん」
「……かわいー…」
乗り込んできた葉璃は風呂上がりで、パジャマにダッフルコートを羽織った姿だった。
照れたように微笑を浮かべながら聖南を見る葉璃の可愛さに、ハンドルを握る手に力が入る。
聖南が会いに来ると知り早めに玄関前に居たようで、葉璃が乗ってきた瞬間冷気が伝わってきて、心配もさることながらいじらしく思った。
「髪凍るぞ、ちゃんと乾かしてねーだろ」
葉璃の冷えた両頬に触れるとキンキンで、おまけに髪も半乾きで、より体温を下げてしまいそうなほど冷たかった。
聖南に会いたいと言っていたのが本心だった事に喜びを感じるより先に、その小さな体が震えている事実を窘めてしまう。
「…………だって眠くて」
「だってじゃねぇ。 風邪引いたらどうすんだ。 とりあえず俺ん家行こ」
「え、でも今日は…」
「泊まるって言ってきてねぇの?」
「……はい」
そこまで頭が回らなかった、と葉璃はしょんぼりしてしまい、パジャマ姿でやって来た事を思うと葉璃もそのつもりではなかったようだ。
すでに聖南は車を出してしまっていたので、葉璃のスマホにイヤホンを差して、「春香に電話して」と言って片耳にそれを装着した。
車を走らせながら、暖かい車内にウトウトしている葉璃のスマホから春香と久々に会話をした。
「よ、俺だけど。 怪我はどうよ」
『セナさん? こんばんはー! 頭でしょう? 今の所大丈夫ですよ。 もしかして葉璃と一緒なんですか?』
「そうなんだよ。 今日泊まらせっから、葉璃ママにうまいこと言っといてくんない? 今度メシ奢るから」
『やった! お安い御用ですよ、葉璃をよろしくお願いしますね!』
「…春香、元気そうだな。 安心した。 いっつも大事なとこで毎回葉璃に影武者やってもらってるだろ。 春香も相当悔しーんじゃねぇかなと思ってた。 今度番組出る時は、本物の春香で会おうな」
『………っセナさん優しい……。 ありがとうございます。 誰に何言われるより嬉しいです』
「頭打ったって聞いてっから、もうしばらく大人しくしとけよ? じゃあな、葉璃の件よろしく」
春香へそう告げてイヤホンを耳から外すと、葉璃がジッと穴が開くほど聖南を見ている事に気付いた。
「なに、俺の顔なんか付いてる?」
「いえ……かっこいいなぁ、と思って。 見た目かっこいい人って、中身はどうしようもない人なんだろうなって思ってましたけど、聖南さんはパーフェクトですよね。 完璧です。 性格悪そうなのに実は良い人って居ますしね」
「なんか色々聞き捨てならねぇけど、……褒めてんだよな?」
「もちろんです! 春香への気遣いも、嬉しかったです。 春香が一番悔しい思いしてるから、きっと」
スマホをコートにしまいながら、聖南が見せた春香への優しさと労いに葉璃はひどく感動していた。
葉璃との事で春香を多大に巻き込んでしまった経緯もあるので、聖南は特に春香に関しては慎重に対応しなければと思っている。
「だろうな〜。 春香さぁ、memoryが番組出るってなると怪我してねぇか?」
「不運なんです。 最初に影武者した日なんか、リハ終わりにはしゃいで階段から転げ落ちてるんですよ」
「そういえばそうだったな。 やる気が空回りしちまうタイプなのかも。 用心しねぇと」
懐かしい話に、聖南は笑いながら葉璃を横目に見ると、車内の暖かさで頬が紅潮していて何とも色っぽかった。
『葉璃可愛いなー…。 俺のもんなんだよな』
しばらく沈黙が続いたが、葉璃は眠る事なく聖南の隣で大人しく前を見据えている。
顔も超絶タイプだし、中身も聖南を虜にして離さない。
弱かった頃も儚げで好きだったが、瞳に生気を宿した今の方がもっと好きだ。
可愛くて綺麗で凛として、時には天然かと突っ込みたくなるほど抜けている葉璃の事が、愛しくてしょうがない。
聖南はふと葉璃の右手を握って肘置きで指を絡ませると、自宅までのドライブを楽しんだ。
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