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「……………っっ」
ミネラルウォーターを持って戻って来た聖南は、なんでかまた俺の興奮を揺さぶる眼鏡姿で現れた。
なんでそんなに俺を試すような真似するんだろ。
「………目、♡なってるぞ」
もういい加減慣れただろ、って言いながらベッドに腰掛けてくる聖南の顔を、まともに見られない。
聖南は近頃また髪が伸びてきて、顔に掛かる髪を鬱陶しそうにピアスが光る耳に掛けている。
「…なんで眼鏡聖南さんで来たんですかっ」
「いや、俺もちょっとのぼせてた。 視界ぶれてっから掛けたけど……このままする?」
「…ぜひ!!」
「マジで葉璃の趣味が全然分かんねぇー」
苦笑しながらミネラルウォーターを口に含んだ聖南は、上体を起こした俺の口の中にそれを流し込んできた。
と同時に、微かに血の味がして聖南の唇を見ると、数ヶ所縦筋に切れている。
「…んっ……」
「やらしー」
「どっちが…!」
甘く優しい微笑を浮かべた聖南の瞳は、その日は雄に戻る事はなかった。
唇どうしたんだろ、と思ったけど、冬場だし乾燥してるせいかなとあんまり気に留めずにいた。
聖南はバスルームから俺用の小さいサイズのバスローブを持ってくると着せてくれて、髪を乾かし合って、眠りにつくまで他愛もない話をした。
離れてた間のお互いの事と、何より、寂しかったと言って啄むだけのキスを交わした。
聖南が小さな子どもにするように背中をトントンしてくれてたら、お子様な俺はいつの間にか眠ってしまっていて。
聖南は仕事だって言ってたけど、何時からなんだろ。
俺が会いたいって言ったから無理したんじゃないかなって遠くで思いながら、ふんわり柔らかな夢を見た気がする。
翌朝、アラームより先に目が覚めた俺は、傍らで眠る聖南を凝視してしばらくして、重大な事に気が付いた。
「……っ!」
やばい。
ちょっと出掛けるつもりでパジャマ姿で来たから、スマホしか持って来てない。
着替えも、レッスン用のジャージもシューズも、財布も、必要なものはすべて家に置いてきてしまった。
ここからレッスンには行けない事に気付いて、俺は勢いよく聖南の腕から離れた。
聖南の仕事の邪魔は出来ないから、早々に帰らないとと思って、慌てて寝ている聖南を揺り起こす。
「聖南さん、聖南さんっ、おはようございます。 俺帰りますね」
「……あぁ? 何、なんで」
寝惚けながらも、俺が帰るって言った事を理解し瞬時に反応して眉間に皺を寄せている。
「バカ言うな。 帰らせるか」
「ごめんなさい。 聖南さん今から仕事でしょ? 俺とりあえずタクシー拾って家帰りたいんです、ここの住所って…」
「だから何なんだよ、訳分かんねぇ…。 キレっぞ」
「キレないでくださいよっ。 今何時だっけ、……あ、まだ七時前だ。 聖南さんお仕事何時からですかっ?」
「おい、ちょっと待て。 何でそんな帰りたいわけ。 …俺と居んの嫌なの」
そうじゃない。
着替えを取りに帰りたいって単純な理由なのに、聖南が瞳を据わらせて見てくるから怖くて、ベッドの端まで逃げた。
「理由を言え。 無駄だけど言ってみ」
ジリジリと近寄ってくる寝起きで不機嫌な聖南の迫力に圧されて、いよいよベッドから落ちそうになるところを抱きとめられる。
「あ、あのっ……着替えを………」
「あぁ? 着替え? ………あぁ、着替えな。 何だよ、ビックリさせんな」
マジでここに縛り付けとかなきゃって思っちまったじゃん、と小声で恐ろしい事を呟く聖南が、ベッドから降りて俺に手招きしてきた。
聖南の後ろについて、以前スーツを着替えた姿見鏡がある衣装部屋へとやって来ると、先月まで無かったはずのクローゼットが一つ増えていた。
元からあったクローゼットと同じもので、聖南はおもむろにそれを開いた。
「ほら。 葉璃の着替えと、コート、レッスン用のジャージ、下着、靴下、靴、全部あっから好きなの着て行け」
「え…………」
信じられない。
俺の自宅のクローゼットにすらこんなに大量の服は入ってない。
驚いて固まっていると、腰を抱かれて密着させられた。
「これとりあえず冬用な。 今年の春夏秋冬合わせてまた用意すっから」
「え、いや、そんな……」
「何だよ、微妙な面して。 後々一緒に住むんだから当然だろ? 手狭になってきたら引っ越すのもアリだしな」
「えぇぇ…!?」
もう驚き過ぎて、まだ早朝だっていうのに疲れたんですけど。
こんなに細々と俺の物を用意してくれていたなんて知らなかったから、嬉しいのと驚きと半々でどう反応していいか分からなかった。
聖南が自分でこれを全部買ってきたんだろうか。
「こんな…こんなにしてもらって、何か悪いです」
「何で悪いんだよ。 俺がしたくてやってんだからいいの。 葉璃が俺と一緒に居てくれるんなら、それだけで俺は満たされるから。 ……離れてても心は一緒って言ってくれただろ」
「…………聖南さん…」
こんなにも思われて、俺はどう気持ちを返してあげたらいいんだろう。
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