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「── 泣いてんのはお前だろ、葉璃?」
「……へっ!?!?」
ゆっくりと体を離して小さな顎を取り上向かせると、聖南を見た葉璃が瞳を丸くして仰天した。
ついさっきまでアキラにしがみついていたはずが、突然聖南に代わっている事でプチパニックを起こしている。
まるで自分の身に起こった出来事であるかのように感情を爆発させた葉璃を、聖南はしばし凝視した。
やわらかな頬は涙でびしょびしょになり、目は赤く腫れ、鼻水の垂れた葉璃を心から愛おしいと思った。
愛している、と強く思った。
唯一無二の大好きな者が、我を忘れて泣いてくれている。
これだけで充分、今日の覚悟は無駄ではなかったと思い直せた。
「葉璃、こっち向いて」
聖南は優しく葉璃に笑い掛け、傍らにあったティッシュの箱から二枚抜き取り鼻に押し当てる。
「ちゅーんしな」
「……ちゅーんっ」
「もう一回」
「……ちゅーんっ」
垂れかけていた鼻水を拭ってやると、葉璃の鼻先が赤くなって可愛くなった。
すみません……と項垂れて二秒後、驚きを思い出した葉璃がバッと顔を上げる。
「い、いや、な、なん、なんで、なんでっ? あれっ? アキラさんはっ?」
「葉璃、なんでここに居るんだよ」
「お、俺が……ひっ、……聞いてるんですよ!」
「まず俺の質問に答えろ」
聖南には内緒でここに居た葉璃は、返り討ちに合ったせいか聖南の笑いを誘うしゃっくりが出始めた。
真剣な場で吹き出すわけにもいかず、真顔を繕った聖南は葉璃の腰を強く抱き寄せる。
そして、密室でアキラと二人きりだった事は許せないぞ、と言外に匂わせる。これについては本当に許せないからだ。
「言わねぇと押し倒すぞ」
「……え!? ちょっ、何言って……!? ……わ、分かりましたよ……っ。あの、……昨日、社長さんとお話してるの聞いちゃって、……聖南さんが心配だったから……アキラさんと偵察に……」
「偵察〜〜?」
「は、はい。……でも来て良かったです。……だって聖南さん、やっぱり泣いてたもん……」
「泣いてねぇよ」
見てみろ、と顔を寄せると、葉璃はポッと赤くなって俯いてしまう。
今さら照れるなと言ってやろうにも、未だにそんな初心な反応を見せる葉璃は反則級に可愛いではないか。
目前のその柔らかな髪を撫でてやると、号泣の名残りで鼻をシュンシュンさせている葉璃が胸の中でぼそりと呟く。
「心の中で……泣いたでしょ……?」
「…………」
今度は葉璃が遠慮がちに、だがきゅっと聖南を抱く締めた。
何か大切なものを守ろうとするかのように、大事に、強く、そしてそれは自分は聖南から離れないよと教えてくれているかのようだった。
── 心の中で、か……。
そうかもしれない。
愛さなかった自覚を父親から二度に渡って突き付けられた息子としての絶望は、言葉ではとても言い表せない。
泣きたくても泣けないのは涙が枯れてしまったからではなく、悲しみよりも、父親への失望の方が大きかった。
本当に、どんな感情をも投げ出してしまいたいくらい、聖南の中で重たい何かが湧き上がってきていた。
もしここに葉璃が居てくれなかったら、衝動的に何をしでかしていたか分からない。
もう、怒っていない。悲しんでもいない。
ただ聖南は、やはりいつまで経っても独りだと悟らされてショックが大きかった。
親、そして子どもに注ぐ愛情は考える間もなく当然のもの。だが聖南にとってはそれこそが当然ではない。
許さない。……いや、許すほどの感情移入もできない。
「……どっかで……期待、してたんだよな……」
気付かなかったけど、と絞り出すように苦しげに吐露した、聖南の本音中の本音。
葉璃の呟きに、いよいよ聖南も項垂れた。
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