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ふつふつと込み上げる知らない感情を落ち着かせようと、襖を閉めた後も聖南はその場に立ち竦んでいた。
間違いなく催してはいるのでトイレに行かなければならないが、足が動かないのだ。
すると同じ並びの個室のどこかから啜り泣く声が聞こえた。
『……………っ?』
聖南が間違えるはずはない。
葉璃だ。
どこだろう、どこで泣いているんだ。
そもそもなぜここに居るんだ。
不思議と動かせそうになかった足は葉璃を探すために意識せずとも働いてくれて、ほんの三歩、つまり隣の個室からその声は聞こえていた。
確信を持って躊躇なく襖を開けると、アキラが葉璃を抱き締めて頭を撫でているところであった。
『っなんでアキラと…!?』
背中を向けた葉璃は号泣していて聖南の存在に気付いていないようだったが、対面したアキラとは目が合って一気に眉間に濃い皺が寄る。
「おまっ…!」
「シッ」
人差し指を口元にやったアキラが、ちょいちょい、と指先で聖南を呼ぶ。
『………………?』
訝しみながら抱き合う二人の傍まで寄ると、アキラが泣いている葉璃の体を反転させて聖南の体に押し付けた。
わんわん泣いている葉璃はされるがままで、アキラに抱き付いていたように聖南の背中をきゅっと抱いてくる。
「俺先に現場行ってるから。 事情は後で説明する」
小声で聖南に耳打ちしたアキラは、ポン、と聖南の肩を叩いてそそくさと退散して行った。
『………どういう事なんだ…?』
「うぅぅっ………ひっ………ううっ………」
わっと大声で泣き叫びたいのか、必死で下唇を噛んで声を殺している葉璃は、もしかすると今の会話をすべて聞いていたのかもしれないとすぐに悟った。
食いしん坊の葉璃のテーブルの上に並んだ料理にはほとんど手を付けていない事が、それを確信付けた。
「……………ううぅぅぅ………っっ……どうしよう、アキラさん………聖南さんが泣いてる……泣いてるよ………」
胸の中で葉璃が泣きながらくぐもった声で苦しげに呻いた。
『……葉璃……こんなになるまで心痛めてくれんのか……』
聖南本人は泣きたくても泣けない心境だった。
怒りもあれば悲しみもあり、捨てられたと知ったあの日の寂しさをもう一度深いところで味わってしまっていたから、愕然としたと言う方が正しい。
涙なんか幼い頃に枯れ果てた。
いつから聖南は失意の涙を流していないだろうか。
代わりに葉璃が、聖南の思いを代弁するように泣いてくれている事で、ふつふつとした複雑な思いを掻き消してくれている。
聖南にとって愛すべきたった一人の人が、自分のためだけに、自分の事のように悲しんでくれている。
それだけで、救われた。
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