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夕方、青木が目を休めたいと言い出したので休憩を挟んだ。
これ幸いと聖南はスマホをチェックすると、仕事用のものに主管の渡辺から着信が入っていた。
ツアーの件で可能な限り連絡を取り合っていたので、聖南はすぐに折り返す。昨夜は色々あり、渡辺が居ない間に途中退席した詫びも入れなければと思っていた聖南だ。
『あ、セナさんですかっ? お疲れ様です、渡辺です』
「お疲れーっす。昨日はありがとうございました。先に抜けてすみません」
『いえいえ! こちらこそ、お忙しい中ありがとうございました。それでですね、あの……それが、副社長から言付けがありまして。今から言う番号に早急に掛けて頂きたいのですが……』
「……その番号って副社長の?」
『はい、そうです』
「……分かった」
それどころではないのに、昨日の今日で早くもコンタクトを取ろうとしてくるとは思わなかった。
渡辺が口頭で告げた番号をプライベートのスマホの方に打ち込み、渡辺との通話を終了してすぐそのまま発信してみた。
「早急に」だ。考える間もなく、恐らく葉璃との関係を問い質したいのだろうから、この件については逃げるわけにはいかない。
どれだけ父親と聖南との間に温度差があっても、あのような別れ方で去ったため気が進まなくとも、だ。
『はい、日向』
落ち着いた声音で、昨夜の記憶に新しい父親が電話口に出た。
声を聞いただけで複雑な思いが心に生まれる。思わず切ってしまいそうになるのを堪え、数秒の間のあと聖南は声を絞り出した。
「……俺だけど」
『聖南かっ? ……そうか、連絡してくれたのか。……ありがとう』
「何」
渡辺に言付けておきながら、父親は聖南からの連絡は絶望的だろうと諦めにも似た胸中で居たらしい。
安堵したように電話口で何度も「ありがとう」を繰り返され、聖南の心が僅かに揺れる。
謝罪の言葉よりも、感謝の気持ちを伝えられる方が、どうしていいか分からなかった。
『……聖南、昨日な、お前の恋人らしき人物から相当なお叱りを受けたよ』
「……あぁ、知ってる」
聖南は頷いた。
俯きがちだった聖南の視線が、真っ直ぐに目の前のクリーム色の壁に移った。
やはり葉璃のあの激昂が、社長と父親にとっての決め手だったのだ。
父親との確執などどうでもいい。水に流す事は出来ないが、これが自らの生い立ちであり過ぎた事なのだと受け入れられるきっかけになった、聖南を思うが故の葉璃の激怒。
『彼がその……噂の恋人なのか?』
「そう。軽蔑するならすれば。俺は本気だから別れる気は一切ないし、あいつの成人待って籍も入れるつもりだから」
『……籍を……? そうか、それほどまでに愛し合っているのか……』
父親の声を聞く限り、聖南が危惧した差別視的なものは感じなかった。
しかし、聖南はどう思われても構わないが、葉璃は違う。まさに今回の聖南からの逃亡劇は、他人にバレてしまった時の恐怖が葉璃を突き動かしている。
『私が軽蔑するわけがないだろう。もちろん驚いたがな。ただ、あれだけ聖南を思ってくれている子なら安心だ。私がロクでもない親だったばかりに、聖南に悪影響を及ぼしているのではと懸念していた』
「なんだよ、悪影響って」
『……聖南が人を愛せない人間になってやしないだろうか、とな。本当は、……もっと前からこうして連絡を取り合いたかった。だが私も怖かったのだ。昨夜ので痛感したが、聖南は私を憎んでいるだろ』
「憎んではない」
『……どんな思いとて好意的でないのは分かっている。当然の報いだ。……また近々メシでも行かないか。嫌かもしれない、受け入れられないかもしれない、……だが聖南の父は私だ。歩み寄りたい。今からでも遅くはないと、……信じている』
「…………」
── なぜだ。
昨日よりも落ち着いて父親の話を聞く事が出来ている。
電話の向こうで父親が項垂れているような気配もして、聖南は眼鏡を外して目頭を押さえた。
── 歩み寄りたい……か。
これまでの事を思えば、そんな簡単な問題ではないと突っぱねてすぐさま電話を切りたくなっても仕方がない。
だが聖南はジッと、父親の言葉に耳を傾けた。
聖南の気持ちを代弁するように、他でもない愛おしい葉璃が怒りも顕に父親へ思いの丈をぶつけてくれたおかげで、もはや言いたい事は何一つない。
とどめを刺されたと悲観して愕然としていたが、その剣先は丸くて柔らかい、抜いてしまえば出血など起きない程度の物だったのかもしれない。
傷口が思ったほど深くないのは、紛れもなく葉璃の存在とあの共鳴があったからだ。
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