51♡ 9P ミルクだけ入れたアイスコーヒーを飲む佐々木さんは、春香が戻って来てから作戦会議を始めた。 時間も推してるからって事で、超手短かに。 「当日葉璃は関係者席にセナさん連れておいで。 葉璃の出番の前の曲になったら、トイレ行くフリして控え室に来る。 それまでは普通に観覧してて。 今回は春香になりきるわけじゃないから簡単にヘアメイクするだけでいいと思うんだけど、女装したい？」 「！？ したくないです！ あ、でも春香と似てたら今までの影武者バレそうでマズイ気がするから、違う感じにした方がいいかな？」 「そうね。 葉璃は目尻強調してもらったらいいよ、アイライン太く入れてもらって少しアイシャドー入れれば私とはあんまり似てなくなるかも」 「じゃあそれでいこう。 いい？ 春香は葉璃に応援してほしいって意味で友情出演をお願いしたようだけど、葉璃はセナさんに向けて全力出していいからね」 「わ、分かりました…！」 佐々木さんの言葉に、春香がうんうんと力強く頷いている。 春香が「応援して」って意味で俺にライブに出てほしいんだって事も今知って、聖南へ思いを伝える事と同等に、これまで俺を叱咤激励し続けてくれた春香へのプレゼントにもなればと思った。 こんな俺と一緒にステージに立ちたいって思ってくれた大切な姉弟として、何としてでもやりきりたい。 アイスコーヒーを飲み干した佐々木さんが、腕時計で時間を確認した。 そろそろ行かなきゃいけない時間みたいだ。 「葉璃がトイレに立った時にセナさんも付いて行くって言いかねないから、もう一人助っ人居てくれると助かるんだけどな。 誰か居ない？」 俺と春香は顔を見合わせた。 そして同時に同じ顔が頭の中に浮かんで、双子ならではのシンクロを見せた。 「………恭也！」 「………恭也くん！」 「あぁ、恭也か。 セナさんとは仲良いの？」 「聖南さん、恭也の事すごく気に入ってるからバレないと思う。 それに、事情話せば恭也も協力してくれるよ、たぶんだけど」 「OK。 葉璃、恭也にこの事伝えておいてね。 俺はもう行かなきゃだけど、二人送らなくていいの？」 「大丈夫です！ 家すぐそこだし、私達ももう出ますから」 「そっか、二人とも早いうちに帰るんだよ。 席は三席…いや五席用意しておくから。 それじゃ」 佐々木さんは俺達の知らない間にすべての会計を終わらせてくれていて、颯爽と立ち去って行った。 なんで五席も？って首を傾げてたら、春香に笑われて不貞腐れる。 俺そんな鈍い方じゃないと思ってたけど、人と関わってこなかったから基準が自分だけだったって事に今さら気が付いた。 「多分、アキラさんとケイタさんの分じゃない？ 失踪事件でも葉璃を心配して家にまで来てた人達だよ。 葉璃とセナさんがmemoryを観に来るって知ったら、何だか二人も来てくれそうな気がする〜」 楽しみ〜♡と、春香は少し気の抜けた炭酸水を飲み干して、笑顔のまま見るからにワクワクしている。 俺もココアを飲み干して店を出て、二人で並んで家路を急いでいると家の真ん前に見覚えのある車が停まっていた。 「あれ、噂をすれば……」 「聖南さん？」 今日は週末でもないのにどうしたんだろう。 そう思って車を凝視していたから、後ろから二人組の男が近付いて来ている事に気が付かなかった。 「そこの双子ちゃーん」 「遊び行かなーい？」 軽そうな声に春香と同時に振り向くと、男達は揃って「可愛い〜」と騒ぎ始めた。 「ヤバ！ 二人ともそっくり！ そしてめちゃくちゃ可愛い〜！」 「テンション上がる〜！ な、行こ行こ！」 「ちょっと、離してよ」 こういう事に慣れてるのは春香も同じなようで、腕を掴まれないように驚く事なく冷静に身を翻して交わしている。 俺の方も腕を取ってこようとするけど、とにかくこういう時は逃げるが勝ちだから、春香と目配せして逃げるタイミングを図った。 だが今日の二人はしつこい。 どうしようっ。 逃げて家に入ってるとこなんか見られたら、自分からこの二人に自宅をバラす事になる。 どうにか春香の腕を取って家とは別の方向に走って撒かないと。 男達の隙をついて春香の腕を取り、わざと間をすり抜けて走った。 「あっ、待ってよ！」 「俺らも行くよ〜！」 付いてくるのは分かってたけど、俺は足が速いから撒く自信があったし、何より自宅から一旦離れた方が懸命だと思った。 「あれっ？ 追い掛けてこないね」 「うん。 どうしたんだろ」 二人の追い掛けてくる足音はすぐに止んで、もしかして諦めたんだろうかと少しだけ来た道を戻ってみる。 するとそこには、眼鏡を掛けてマスクをした聖南が二人とやり合っていた。 「え、ッんむっっっ」 「シッ！ 名前出しちゃダメだよっ」 手出しちゃダメ！って言おうとしたけど、うっかり聖南の名前も出そうになったから春香が口を塞いでくれて助かった。 影から二人でソッと覗くと、どうやら聖南は手は出してない。 「ナンパすんならもっと派手目のいかねぇと今みたいに逃げられると思うけど〜」 「うるせえな！ このっ」 「お前なんだよ急に出て来て！」 「通りすがり」 突然現れた長身のマスク男に腹を立てた男達は二人掛かりで殴りかかっているが、聖南はそれらすべてを見事にかわしている。 かわすだけで手を出さないからか、男達は遊ばれている感覚になってどんどん怒気も強まっていた。 「くそっ！ なんだコイツ！」 「全然当たんねえ！」 「当たるわけねぇじゃん、そんな猫パンチ。 一生かわしてられるけど、めんどくさいからこれで終わりな」 「ッッッ」 「ッッッ」 聖南が、終わりな、と言った直後、一瞬時が止まった。 男達の顔の前で両手を寸止めした聖南は、目くらましの一瞬をついて二人の左手首の関節を曲げた。 それは時間にしてほんの二秒だった。 ドサッと二人はその場に崩れ落ち、キメられた関節の痛みに悶え苦しんでいる。 「この辺でナンパすっとまた俺が通りすがるからな。 覚えとけ」 転がった二人に向かって低い声で釘を刺した聖南は、アイドルじゃなく………副総長そのものだった。