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この展開は、葉璃を思い出して心を保っておかないといけないかも…。
そう思うと指先が微かに震えてしまうので、何気なくポケットに手を突っ込んで誤魔化しておく。
当時の康平の心境は、聖南が一番知りたかった事だったので、聞けるものならぜひ聞きたい。
本来なら会食の席でそれを望んでいたのだが、お互いがその機会を棒に振った。
目の前の康平は、煎餅を一枚食べ終えてお茶を一口飲む。
「これだけ名の知れた大会社ともなると、…いや、どこも一緒かもしれんが、中間管理職は精神を追い込まれるのだ。 ちょうど聖南が産まれた頃、私はその立場に居た。 役職付きになると、その中間管理職から這い上がるために無茶をするものでな。 寝食はほとんど会社だった」
「……………女のとこに居るもんだと思ってた」
「女なんか居ないさ。 今でもだ。 私は一人が好きだし、世話も焼かれたくない。 老後はどうするんだとお節介な奴に聞かれるが、その準備もきちんとしてある。 だから聖南は何も心配しなくていい。 私は自他共に認める変わり者だからな」
当時は色んな思いを巡らせていた。
聖南よりも優先したい女が居て、その人と居るために聖南を構わないのだと、そう思い込んでいた時期もあった。
まさか康平がこんなにも変わり者だなんて知らずにいたからである。
「…マジで変わってる。 ……それがほんとなら、たとえ家に居ても康平が俺を育てるのは無理だったな」
「………驚いた。 ……理解が早いな」
「何でだって思いでここまできてっから。 今理由聞けてちょっとはスッキリした。 会食ん時そう正直に言ってくれりゃ良かったのに」
「聖南がずっと怒った顔をしていたから怖かったのだよ……当然だが。 ただな、聖南の事を忘れた事は無かったと言ったのは本当だ」
「へぇー? 中1で縁切りしたのに?」
その一言が聖南にとどめを刺したのに、変わり者だとはいえそんな嘘は吐かなくていいと嘲笑してしまう。
動揺を思い出してしまい、お茶を一口啜るがまた康平の目を見られなくなった。
ポケットに手をしまうと、微妙に康平からは視線を外す。
「あれはそういう意味ではない。 あの前の年からボーナスが跳ね上がって、聖南のために貯金していた目標額を早々に達成できたから、嬉しくて見せびらかせたくて置いていったのだ」
彷徨わせていた視線が康平へと戻る。
いま、何を言った……?
ものすごーーく、ものすごーーく、他愛もない事を言わなかっただろうか……?
「……ッッはぁっっ!?! そ、それ……それ………マジかよ………?」
聖南はあまりに驚いて立ち上がった。
「大マジだ。 私は相変わらず愛情を注ぎきらない仕事人間だったし、これで好きなものを買いなさいという意味だった。 大塚からもこの話をされたが、これだけは訂正しておきたかった。 あの後すぐに事務所のマンションに移ったろう? 携帯の番号も変わっていて分からんしな。 当時の大塚にも、聖南はアイドルとしてデビューする話があるからこの先は心配するなと言われていたのだ。 それで縁切りのような形になった」
『なんだよそれ……………! そんな理由で…俺は………!?』
過去の寂しくて泣く聖南が次々と思い起こされて、立ったまま拳を震わせた。
「足りねぇ………あんたは言葉が足りな過ぎる!!! 俺がどんだけ……っっ」
「分かっている、座りなさい。 ……理由なんかどうでもいいだろう。 私が聖南に「後悔している」と言ったのも、本心だ。 たとえ今謝っても、当時の聖南に孤独を与えた事は事実だし、その件に関しては許されないと心得ている。 私がこんな父親なばかりに、本当に寂しい思いをさせてしまった。 …………ごめんな、聖南……許してくれとは言わない。 ただ、謝らせてほしい……」
「…………………っっっ」
勢い良くソファに沈んだ聖南とは反対に、
今度は康平が立ち上がり切々と気持ちを吐露した後…最後に頭を下げてきた。
何も望まないから、どうか、寂しかった事を分かってほしい。
そう心中で嘆いてきた日々がガタガタと崩れ去って行く。
康平のピシリとした90度のお辞儀を信じられない思いで見詰めていた聖南は、何とも言えない感情に包まれていた。
『………………なんだよ、…何なんだよ…』
父親だなんて絶対に思えない、たとえどんな理由があっても許してやる日なんか一生こない、そう強く思う事で記憶の蓋を閉めていた。
父親を憎む事しか、自分を保つためには……それしか方法が無かった。
聖南は何分も呆然とした。
康平が何分も頭を下げ続けているからだ。
この謝罪を受け入れるべきかどうかなど昔の聖南なら迷いもしなかったが、今は……。
「わ、わ、分かったから……いい加減頭上げろ」
「うっ…歳のせいかクラクラする」
「そりゃ、あんだけ頭垂れてたらそうなるだろ。 ………どんだけ謝られても、俺はあんたを父親とは思えない。 その気持ちは変わんねぇよ、だって親子一緒の時間を過ごした事がねぇんだから。 でもな、………あんたの血を継いでんのは俺しかいねぇ…」
聖南は立ち上がって、頭を下げ続けて顔が真っ赤になった康平にお茶を手渡した。
「その血を絶やしてしまう事は詫びなきゃなんねぇな。 ま、康平は変わり者だから気にしないだろーけど?」
そう言って生まれて初めて、聖南が父親である康平に笑顔を見せ、照れたようにすぐさま副社長室を出て行く。
ーーー父親とは思えない。
それは聖南の中では絶対的で、これから先も変わる事はない。
ただ……康平に対するすべての負の感情は無くなったと言ってよかった。
この先、彼と聖南が血の通った親子である事を感じさせてくれれば、それでいい…。
そう、思えた。
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