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52❥ 3P

52❥ 3P 朝早くからだった撮影とミーティングは午後三時で終了し、聖南は車内で康平にアポを取って会社へと向かった。 途中、大塚社長も好きな煎餅を康平に土産として買い、受付で騒がれながらも無事にネックレスを持って副社長室の前にやって来たが…足が竦んでノックが出来ずにいる。 『……電話だと平気なのにな…実際会うとなると動けねぇ……』 それでも、例の頼みごとをしなければならないので重い一歩を踏み出し、ノックを二回した。 「聖南だろ? 入りなさい。 …やっぱり聖南だ。 こんにちは」 「…………帰りてぇ」 「来たばかりだろ。 掛けなさい」 電話でも感じていたが、康平はどことなく聖南の口振りと似ている気がして、似てるのは目だけじゃなかったのかと苦笑する。 革張りの重厚な椅子から立ち上がった康平が対面したソファの一つに掛けたので、聖南はその前に落ち着いた。 「これ土産」 そう言って紙袋をテーブルに置くと、康平は分かりやすく喜んだ。 「な、何だと? 嬉しいじゃないか! おぉ、あそこの煎餅、好きなんだ!」 「あっそ」 「……つれないな、聖南は。 まぁ少しずつな、少しずつ。 煎餅ありがとうな。 …で、例のものは持ってきたか?」 言いながらも早速煎餅の包み紙を開けている康平は、何とも嬉しそうである。 大塚社長も言っていたが、確かに目の前のこの男は見るからに不思議オーラを放っていて、過去の事はもしかして特に深い意味など無かったのではと思わせた。 苦笑が治まらない聖南がネックレスを取り出して見せる。 「これ。 トップが結構厚めだからいけっかなーと思ったんだけど、どうよ」 「…うーむ、一応聞いてはみるが。 厚みは問題ないだろうが、継続して使うには色々と工夫せねばならん。 受信機は多少ゴツくなっても構わんのか?」 「ポケットに入ればいい」 「それならいけるだろう。 メンテナンスと称して外させるか、あの子が寝てる隙に聖南が外すかは任せるが、とにかく機器だから充電を必要とする。 GPSの拾える範囲も限られてくるしな」 「広範囲。 拾えるギリギリいっぱいの超高性能のやつでよろしく」 二人は傍から聞けば物騒な会話をしていた。 もうどこへ逃げてもいいように、聖南は葉璃へのプレゼントのネックレスにGPSを埋め込もうとしている。 少し前に、康平の勤める会社は電子機器を取り扱う部門があると聞いて、閃いてしまったのだ。 電話の際、皆まで話さずとも康平は聖南の意図を汲んだので、さすがだと思った。 「それとな、この綺麗な品が少しばかり傷付くかもしれんが…」 「溶接し直しはこっちでやるから大丈夫。 とりあえず埋め込んでさえくれれば」 「任せておけ。 聖南からの初めての頼みごとだからな、張り切るぞ!」 「張り切んなくてもいいけど」 今の世なら「そんなとこまで拾えんの!?」と聖南が驚くほどの高性能なものがありそうだから、葉璃との平穏のために何が何でも埋め込んでもらわねば。 頼られてまた嬉しげな康平は煎餅をバリバリッと食べ始めて、聖南もどうだと言われたがやめておいた。 以前大塚社長の社長室で、美味い美味いと手がとまらなくて三枚も食べ、後に腹が苦しかった嫌な思い出があるのであまり煎餅は口にしたくない。 「聖南。 まだわだかまりも溶けていないうちからこんな事を言うのは気が引けるが…」 「………何だよ、葉璃のこと?」 「ハル、というのか。 可愛い名だな。 顔と合っている。 漢字はどう書くのだ?」 「………葉っぱに瑠璃の璃。 葉璃が何?」 聞きたい事があるなら早く言ってくれと、聖南は急かしたい気持ちをグッと抑えていた。 普通に会話をしていても、どうしても目を見ては話せない。 本当は頼み事をするのは借りを作るようで気は進まなかったが、康平ほどの地位があれば無茶を通せると思った。 葉璃との交際を大塚社長と同じく否定してこなかった事も聖南の中ではかなり大きく、そして何より……この頼み事でほんの少しだけ康平との距離が縮まるかなと譲歩した。 康平はすでに聖南との仲は修復完了のようなテンションだが、さすがに長年の様々な思いを抱える聖南の方はそこまではいけない。 「………その葉璃くんと籍を入れると電話で言っていたが……どうやってするのだ? 日本では認められていないだろう?」 「なんだよ、そんな事? 俺の戸籍に入れる。 それだけの話」 「戸籍にったってなぁ、………あぁ! 養子縁組か!」 同性婚については認められていないとそこまで知っているのに、しばらく沈黙した康平を苦笑いで見てしまう。 聖南は綺麗な二重瞼で少し二重の幅が広い。 若干の垂れ目がちで黒目が茶色なので、その麗しい瞳がまたキャーッ♡と騒がれる要因なのだが、康平の瞳もほとんど一緒である。 早いうちから、視界にすら入れたくないと思っていたせいで康平の若い頃の記憶もあまりない。 認めたくはないが、似てるなぁ、と聖南自身が思ってしまう。 しかも天然っぽいところも何となく親近感だった。 「………あんたほんとに副社長なのか? GPS埋め込むのは察しが早かったくせに」 「副社長なのだよ、これが。 再来年には恐らくもう一つ上の階に居る。 …聖南を独りにしてしまっていたのは、私が仕事に取り憑かれていたからだ。 息子をないがしろにしての結果だから、この歳にもなるとあまり嬉しくはないな…」 聖南はなんの気無しに言ったのだが、康平が唐突にポツリと心境を話し始めた。 今さらやめろとも言えないし、聞いておきたかった事なので聖南は相槌だけ打って先を促した。

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