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聖南は今、気乗りしない撮影にやって来ている。
麗々との一件以来、Hottiでのモデル活動をかなり抑えめにしていた。
あれから麗々はどこの雑誌にも呼ばれなくなったと聞いて溜飲を下げてはいるが、ここへ来ると何となくその事を思い出してしまう。
聖南のその思いもあるにはあるが、長く付き合いのあった出版社に相当迷惑を掛けた事も反省し、「しばらく俺は使わなくていい」と聖南から申し出た。
だがHottiの担当者は首を縦に振らなかった。
「セナさんが居てくれたから、Hottiは読者が固定されて安定した売り上げを持続できたんです」
……という大層な恩義を口頭で伝えられ、聖南を使い続けてくれている。
それでも聖南は折れず、巻頭や見開きなど目立つページは売り出したい人を使ってくれと言い、極力ページ数を減らす方向に持っていった。
そのせいかここ二ヶ月Hottiは売り上げが下降気味らしく、聖南が到着するなり担当者が眉をハの字にして駆け寄ってきた。
「セナさん、おはよう! 今日もよろしくお願いします!」
「おはよーっす。こちらこそよろしくお願いします」
「今日も巻頭ダメですか?」
メイク室に入っていつもの鏡面台の前に腰掛けると、担当者はいつになく必死の形相で聖南の隣から離れようとしない。
「いや、前も言ったじゃん。売り出したい人使えって」
「セナさぁぁん!! 俺社長からしばかれるっす! 複数ページは使いませんから、せめて表紙に使わせてください!!」
「表紙!? もっとデカく載るだろ、それ」
「お願いしますぅぅ!!!」
必死に頭を下げてくる担当者が顔をぐしゃぐしゃに歪め、終いには土下座でもしそうな勢いだった。
そんなにも切羽詰まってるのかと、半泣きの担当者を見て聖南は溜め息を吐いた。
「……分かった、分かったからよだれ拭け! ……俺のせいでカップル撮影なくなっただろ。だから一応身を潜めといた方がいいだろって思ったんだよ、俺なりに」
「あの件はセナさん悪くないです! セナさんの交際宣言前だったとはいえ、あの子は完全にやり過ぎました。私共もあの瞬間、こうなるだろうなって青くなってたんですよ」
「……まぁ、……終わった事だしな、それはそれとして。俺も反省するとこは反省してる。Hottiさんが俺でいいって言ってくれんならまだまだお世話になるよ」
「ありがとうセナさん!! だから好きっ♡」
「……次そのぶりっこしたら縁切るぞ」
「うわっ、すみません! キモい事してすみません!」
「あはは……! 冗談だよ。ちょっとキモかったのは事実だけどな」
長く付き合いのある担当者だけに、これだけ必死の様を見ると聖南も放ってはおけなかった。
あの件が元で、もう必要ないと言われるならまだしも表紙に使いたいなど、多大な迷惑をかけた自分には勿体無い。
喜びのあまり腰をくねらせた担当者に笑いながら、聖南は置いてあったお茶を飲んだ。
するとそこへ、いつも担当してくれているヘアメイクのアカリとサオリが入って来て頭を下げられたので、「よっ」と声を掛けた。
「お疲れ様でーすっ」
「セナさん、おはようございま〜す」
二人は荷物をソファに置くと、手を洗ってすぐに聖南の元へやって来た。
早速、担当者がわざとらしくニヤニヤしている。
「いやぁ、嬉しいなぁ、セナさんの表紙かぁ、何ヶ月ぶりかなぁ……」
「え!? セナさん再来月号、表紙ですか!?」
「久しぶりじゃないですか! どうしようっ、私達も気合い入れなきゃ!」
担当者によるアカリとサオリを焚き付けるための独り言は効果絶大で、二人は目に見えて緊張し始めた。
つい先程まで土下座する勢いだったとは思えない変わり様の担当者は、聖南が表紙撮影を了承した事がよほど嬉しかったらしく早くも有頂天である。
「いつも通りでいいって。あ、サオリ、悪いんだけど少し襟足切ってくんない?」
「いいですよ〜! セナさん去年髪切ってから伸ばさないですね〜」
「伸びたらチャラいって言われるからな」
「あ、それって……もしかして恋人に、ですか?」
「そうそう。金髪ロン毛だった時の事まだイジってくっから」
こういう時に明け透けに話が出来ると、交際宣言して良かったとしみじみ思う。
しかしながら、「聖南さんチャラかったもん」とやや半笑いの葉璃の顔が浮かんで苦笑する。
アッチの方ではチャラかったかもしれないが、見てくれがチャラいと言われるのはグサッとくるのだ。
葉璃はそう思っていない事を祈りたいが、「遊び人でしたよね」と言外に言われているようで聖南の気持ちは揺れる。
これ以上余計な不安を与えたくないので、聖南はチャラさとはさよならしたい一心なのだ。
「キャ〜! ラブラブじゃないですか〜!」
「ラブラブはラブラブだけどチャラいって言われんのは嫌なの。だから切って。ついでにサイド編み込んで。メイクはアカリにまかせる」
「表紙用ですねっ? おまかせくださーい!」
「おまかせされました〜!」
「元気だな、お前ら」
事情があるにせよ気乗りしないと思っていた現場も、こうしてここへ来ると温かい気持ちになるから不思議だ。
仕事だから割り切れ、そう葉璃が叱ってくれてからはさらに聖南は仕事との向き合い方が変わり、以前よりも数倍は仕事が楽しいと感じられるようになった。
心があり、意識があるというのは素晴らしい事だ。
おまけに聖南には、可愛い恋人までついている。
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