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─ 聖南 ─
葉璃が何かを隠している。……気がする。
二週間ぶりに頭を撫で撫でしてもらって存分に癒やしてもらったはいいのだが、何だか葉璃の様子がいつもと違うように見えたのは気のせいだろうか。
「あれ見ちまったからかなー……」
葉璃と春香をナンパしていた不届き者を、殴るのではなく何年ぶりかに繰り出した関節技で成敗したところを見られていたとは思わなかった。
カッコよかったと言っていたのは口だけで、実はビビらせてしまったのかもしれない。
なんと言っても、聖南は昔から相手を一瞬で仕留めるのだ。
ダラダラ殴り合っても無意味で、何より面倒くさい。
「もう終わりにしよう」、そう言って不敵に笑い、いつの間にか会得していた骨を折らずに関節技を決める技法を聖南は使う。
最初のうちは加減が分からず、相手の手首や肘の骨をまともにボキ折ってしまっていたが、数をこなすうちに技として身についていた。
おかげで聖南は、無敗である。
久しぶりだったので手加減しようかと思ったのだが、葉璃達を怖い目に遭わせた奴らにそんなもの無用だとキメてやった。
「まさか全部見てたとはなぁ……」
てっきり二人は逃げ去って行ったと思い込んで、さも喧嘩慣れしていますと言わんばかりに男等に捨て台詞まで吐いてしまったではないか。
視線を感じて顔を上げた先に、同じような顔でこちらを見ていた倉田姉弟を手招きして「大丈夫か」と声を掛けた。
あれを見られた後だけに、葉璃の様子が多少違ってもおかしくはない。
現に葉璃は、聖南にピタリと寄り添って甘えてきた。葉璃の方から甘えてくれるのはなかなかレアなので、既読が付かなくとも会いに来て大正解だった。
爪先立ちしても足りない葉璃から可愛いキスを受けて元気を貰ったし、聖南はまた明日からも頑張れそうだ。
新たに手に入れたアプリコット茶葉の試飲をしながら、恋人に癒された聖南は現在、ソファで寛いでいる。
葉璃はもう寝た頃だろうか。
開け放したカーテンの合間から窓の外の夜景を見ていると、隣に葉璃が居ない事にとてつもない寂しさを感じて、脇にあったふわふわクッションを胸に抱いた。
ここではコーナーソファの角がお気に入りの葉璃は、微睡む際には必ずこのクッションを抱いてテレビを見ている。
肌触りが気に入っているらしく、さわさわと撫でている所を度々目にして目尻を下げている聖南だ。
── もう葉璃に会いてぇ……。
葉璃が逃げたあの日から二週間、いよいよ聖南もツアーに向けての準備が慌ただしく電話もロクに出来なかった。
“今日早めに上がれた!”
“超ラッキー!”
とメッセージを送っても、同じく多忙な葉璃もまともにスマホも触れないようで、ならば会いに行くしかないと思った。
聞いたところによると、ETOILEは間もなくMVの撮影と挨拶回りが待っているようで、さらに葉璃は気の抜けない日々が始まる。
元々、葉璃と恭也の二人はデビューを渇望していたわけではないため、それがどれだけ凄い事なのかを把握するまでかなりの時間を要するだろうと、聖南は思っている。
夏のデビュー会見辺りでようやく自覚が芽生え始め、一年後の今くらいに自分達の置かれている状況を悟る事が出来るのではないだろうか。
葉璃には「もう逃げるな」とキツく言い渡したので大丈夫だろうが、忙しくなるとお互いの時間が合わずに連絡が疎かになってしまう。
今の聖南の不安はとりあえずその一つだった。
そして、とにかく、……寂しい。
── ……あ、忘れてた。康平んとこにアレ持って行かなきゃじゃん。
アプリコットティーをテーブルに置いて立ち上がった聖南は、何故かふわふわクッションを持ったままベッドルームへ向かう。
恐れていた父親との関係は、愛する葉璃の爆発によってネガティブな感情が半分ほど吹き飛んだ。
驚くべき事に、その翌日には葉璃失踪騒動に紛れて五分以上も電話で話をした。
関係修復というよりも、新たに何かが始まりそうな予感だ。
しかし聖南はツアー前で多忙につき、あれから二週間も経っていてこの事をすっかり忘れていた。
「あったあった」
ベッド脇にあるサイドテーブルの引き出しから、長方形の薄い箱を取り出すと、パカッと開けてみる。
「うん、葉璃は水色って感じだよな」
それは、トップに少し厚みのある細長いプレートが付いたネックレスだった。
プレートは聖南がお気に入りのブランドのもので、綺麗な水色のラインが一本、縦に細く入っている。当初それには葉璃へのメッセージを入れる予定だった。
しかし、それよりも優先して入れなければならないものがあるので、今年は無地である。
随分前に恭也から聞いていた葉璃の誕生日が、聖南の誕生日の一ヶ月後なのだ。月は違えど日にちが同じとは、何と運命的なのだと嬉し過ぎて、早々とネックレスを購入した。
ちなみにこれを選ぶ際も、店員に盛大に惚気た聖南である。
「運命……いや、必然としか言いようがないな。マジで」
早速明日、康平と連絡を取ってみよう。
あのたった五分の会話だけで、何となく自身のわだかまりも溶けてくれそうな気がして、連絡が怖くなくなった。
それもこれも、すべて葉璃のおかげだ。
あの葉璃の激怒が無ければ、社長にも康平にも違う意味でずっとモヤモヤしていただろうし、何より聖南の心は穏やかではいられなかった。
物心付いてから苦しかった毎日を帳消しにするにはまだ少し時間はかかるかもしれないが、そのきっかけを作ってくれた葉璃には感謝してもしきれない。
聖南は、クッションとネックレスを大事そうに胸に抱いた。
「……葉璃……マジで愛してるよ……」
なぜ今この腕で抱いているのが葉璃本人ではなく見慣れたクッションなんだと、ふわふわとそれを撫でた聖南はそのままゴロンとベッドに横になり、瞳を瞑った。
さっき会ったばかりなので、瞳の奥の葉璃は鮮明だ。
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