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52❥ 葉璃が何か隠している。…気がする。 二週間ぶりに会えて頭を撫で撫でしてもらって存分に癒やされたのだが、何だか葉璃の様子がいつもと違うように見えたのは気のせいだろうか。 「あれ見ちまったからかなー…」 葉璃と春香をナンパしていた不届き者を、殴るのではなく関節技で成敗しただけなのだが、カッコよかったと言っていたのは口だけで、実はビビらせてしまったのかもしれない。 なんと言っても、聖南は昔から相手を一瞬で仕留めるのだ。 ダラダラ殴り合ったって無意味だしめんどくさい。 そう言って不敵に笑い、いつの間にか会得していた骨を折らずに関節技を決める技法を聖南は使う。 最初のうちは加減が分からず相手の手首や肘の骨をまともにボキ折ってしまっていたが、数をこなすうちに技として身についていた。 久しぶりだったから手加減しようかと思ったのだが、葉璃達を怖い目に遭わせた奴らにそんなもの無用だとキメてやった。 「まさか全部見てるとは思わなかったもんなぁ…」 てっきり二人は逃げ去って行ったと思い込んで、男等に捨て台詞まで吐いてしまったではないか。 視線を感じて顔を上げた先に、同じような顔でこちらを見ていた倉田姉弟を手招きして「大丈夫か」と声を掛けた。 あれを見られた後だけに、葉璃の様子が多少違ってもおかしくはない。 現に葉璃は、聖南にピタリと寄り添って甘えてきていたから、既読が付かなくても会いに来て大正解だった。 聖南も葉璃から可愛いキスを受けて元気を貰ったし、また明日からも頑張れそうだ。 新たに手に入れたアプリコット茶葉の試飲をしながら、聖南はソファで寛いでいる。 葉璃はもう寝た頃だろうか。 窓の外の夜景を見ていると、隣に葉璃が居ない事にとてつもない寂しさを感じて、脇にあったふわふわクッションを胸に抱いた。 ここへ来ると、コーナーソファの角がお気に入りの葉璃は、微睡む際にこのクッションを抱いてテレビを見ている。 肌触りが気に入っているらしく、さわさわと撫でている所を度々目にして目尻を下げている聖南だ。 『もう葉璃に会いてぇ……』 葉璃が逃げたあの日から二週間、いよいよ聖南もツアーに向けての準備が慌ただしく電話もロクに出来なかった。 今日早めに上がれて超ラッキー!と思ってメッセージを送っても、同じく多忙な葉璃もまともにスマホも触れないようだ。 聞いたところによると、間もなくMVの撮影と挨拶回りが待っているようだから、さらに葉璃は気の抜けない日々が始まる。 デビューするにあたって、聖南が力になってやれるならすべての権限を使ってあげたいが、それだとなんの意味もない。 元々、葉璃も恭也もデビューを目指していたわけではないため、それがどれだけ凄い事なのかを把握するまでかなりの時間を要するだろうと思っている。 夏のデビュー会見辺りでようやく自覚が芽生え始め、一年後の今くらいに自分達の置かれている状況を悟る事が出来るのではないだろうか。 葉璃にはもう逃げるなとキツく言い渡したので大丈夫だろうが、忙しくなるとお互いの時間が合わずに連絡が疎かになってしまう。 今の聖南の不安はとりあえずその一つだった。 寂しい。 『………あ、忘れてた。 康平んとこにアレ持って行かなきゃじゃん』 アプリコットティーをテーブルに置いて立ち上がった聖南は、何故かクッションを持ったままベッドルームへ向かう。 恐れていた父親との関係も、葉璃の爆発によって壁が半分ほど吹き飛び、翌日の葉璃失踪騒動に紛れて五分以上も電話で話をしたが、もうあれから二週間も経っていてすっかり忘れていた。 『あったあった』 ベッド脇にあるサイドテーブルの引き出しから、長方形の黒く薄い箱を取り出すと、パカッと開けてみる。 『うん、葉璃は水色って感じだよな』 それは、トップに少し厚みのあるプレートが付いたネックレスだった。 プレートは聖南がお気に入りのブランドのもので、綺麗な水色のラインが細く一本だけ入っている。 メッセージを入れようかと思ったのだが、それよりも優先して入れなければならないものがあるので、今年はやめておいた。 もう随分前に恭也から聞いていた葉璃の誕生日が、聖南の誕生日の一ヶ月後なのだ。 月は違えど日にちが一緒だなんて運命を感じて嬉し過ぎて、ネックレスを選ぶ際、店員に盛大に惚気てやった。 『運命……いや、必然としか言いようがないな。 マジで』 早速明日、康平と連絡を取ってみよう。 あのたった五分の会話だけで、何となく自身のわだかまりも溶けてくれそうな気がして、こう自然と思えるようになった。 それもこれも、すべて葉璃のおかげだ。 あの葉璃の激怒が無かったら、社長にも康平にも違う意味でずっとモヤモヤしていただろうし、何より聖南の心は穏やかではいられなかった。 物心付いてから苦しかった毎日を帳消しにするにはまだ少し時間はかかるかもしれないが、そのきっかけを作ってくれた葉璃には感謝してもしきれない思いだ。 聖南はクッションとネックレスを胸に抱いた。 『……葉璃…愛してるよ…』 なんでこの腕で抱いているのが葉璃本人ではなく見慣れたクッションなんだと憤りそうになるから、聖南はそのままゴロンとベッドに横になって瞳を瞑った。 さっき会ったばかりだから、瞳の奥の葉璃は鮮明だ。

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