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 収録スタジオでのパフォーマンスとは規模からして違うと、興奮も並大抵ではなかった。  CROWNもこうしてたくさんのファンの声援を受けているが、聖南はファンの立場になった事が無かったので、今その気持ちを噛み締めている。  今までも必要以上にファンサービスをしてきたが、これからはもっともっとやっていこう。  現に、聖南が推している葉璃がステージ上から視線を合わせてくれ、かつ控え目なウインクなどしてくれた日には、数年はその思い出だけで生きていけそうだ。  この手に「葉璃投げキッスして」と書かれたうちわを持っていない事が残念でならない。  この事を知っていたら、徹夜してでも作って来たのに。 「葉璃ー!! さいこー!! 葉璃ーー!!」 「セナうるせぇって……」 「声量どうにかならない?」 「セナさんの姿、葉璃はバッチリ見えてると思いますよ」  オペラグラスから覗いた先の葉璃が、聖南が叫ぶ度に照れたような表情を浮かべているので、当初の作戦とは目的が少しズレてきている気がしなくもない。  自分のためではなく聖南のためであるこのパフォーマンスの日を、佐々木も指折り数えて楽しみにしていた。  春香の影武者としてではなく、葉璃本人として舞うステージ上でのダンスを見たかったからである。  memory結成の際、佐々木が一番最初に目を付けた金の卵。  その葉璃が男だったので自分の元からのデビューは諦めざるを得なかったが、別事務所からのデビュー前というタイミングに夢が叶ったような気持ちだった。  春香のナイスアイデアに迷わず乗り、父親のコネを最大限に使ってこの日を実現した。  佐々木もこの日をかなり楽しみにしていて、オペラグラスまで用意して葉璃に見惚れていたものの、右隣に居る聖南の興奮はそれを遥かに上回っている。  もはや曲中、彼はおとなしく座ってなどいなかった。  サプライズに驚いて言葉を失い、ただジッと可愛い葉璃を刮目するだろうと予想していたが、正反対だ。  突然現れた憎き恋敵には目もくれず、これほど大興奮で人目もはばからずに「CROWNのセナ」を捨ててまで熱狂している様を見れば、二人の仲を納得せざるを得ない。  そう広くないこの場で、ステージ上の葉璃達と一緒に振りを踊っているとは、逆サプライズもいいところだ。  苦しいからと顔面を晒して関係者席を右往左往しているため、葉璃を追う事に夢中な聖南は周囲の視線すら気付けないでいる。 「やべぇやべぇやべぇやべぇ!! この振りちょーかわいー! しかもなんだ! 詞までかわいーじゃん!! 葉璃ーー!!」  サビでは特徴的な振りパターンを二回続ける。  ラストのサビに差し掛かると、覚えの早い聖南はオペラグラスで葉璃を凝視しながら一緒になって踊っていた。  一曲目が終了し、サプライズ二曲目のために各々がさっきとは別のポジションに移動して行く。 「はぁ、はぁ、……これすげぇ体力使うな。二時間以上このテンション続けてくれてるファンはこれからももっと大事にしねぇと!」  まるで一ステージやり切ったかのように荒く呼吸しながら着席する聖南を見て、アキラとケイタが冷めた視線を送った。 「気持ちは分かるけどセナは興奮し過ぎ」 「うるさいしね。デカイ図体で踊りまくるから、あんまハル君見えなかったじゃん」  もう誰も止められないというほどはしゃいでいたので、本当に止めなかった二人の責任も大いにある。  ただ、座らせたところで一瞬でまた立ち上がって葉璃に熱い声援を送る事は目に見えていたので、巻き込まれたくない二人は放っていたのだ。 「セナこの曲の振り知ってたんだ?」 「あ? 知らねぇよ? 今覚えた!」 「はぁ!? ……どんだけだよ」  成人してからはしばらく見ていない、ニコッという無邪気な聖南の笑顔を向けられたケイタは、余りある才能を垣間見て若干引いた。  三十秒ほどの間のあと、先程とは打って変わって落ち着いた照明が灯り、会場がしん……と静まり返る。 「次はなんだ? この雰囲気と照明はバラードか? バラードきちゃう?」  もはやmemoryの熱狂的なファンと違わぬように、聖南は熱のこもった瞳でウキウキとステージを見詰めた。  薄暗い照明のなか、メンバーとバックダンサーは正面のメインステージへと移動していて、十名と九名で前後に別れている。  葉璃は聖南達の正面後方に居た。  美しいピアノの旋律が流れ始め、リハーサルを見てきた恭也と佐々木が思わず息を呑む。  用無しとなったマスクをポケットにしまい込みながら、バラードだからそれほど動きはないだろうと聖南はオペラグラスのピントを葉璃の顔に合わせていた。  だがイントロは静止していた全員が、Aメロに入るや途端に細かな振りをし始める。 「うぉぉっ!? かわいーじゃねぇか!!」  慌てて葉璃の全身が入るようにピントを合わせ直し、オペラグラスを持つ両手に力が入った。  Aメロ、Bメロ、そしてサビへと移行する。  ……何と妖艶な振り付けだろうか。 「…………ッッ」  呼吸も忘れてしまうほど、葉璃が美しく、そして綺麗だ。  ガールズユニット独特の女性的な振り付けのため、小柄と言えども男性である葉璃があのしなやかさを出すためには相当な練習量が必要だったはずだ。  いくら骨格が姉の春香と似ていたとしても、性別が違う以上あの滑らかな動きはおそらく葉璃にしか出来ない。  巧みに意識しているのだ。  腕から手のひら、指先、そして膝の角度まで。

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