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 二番に入ると、後方に居た葉璃が前方へと上がってきた。  一曲目の時はその明るい曲調から、メンバー達と目配せして薄っすら笑みを溢していたりと和らいでいた表情が、現在はこの曲のイメージを崩さないよう終始真顔だ。  同業者ゆえに全体を通して見てしまう聖南も、この時ばかりは例外だった。  恋人に見惚れてどうしようもない。  ── 葉璃……どこまで俺を夢中にさせれば気が済むんだよ……。  前方へと来たおかげで、オペラグラスを使わない方がかえって見やすくなった。  聖南の真正面位置、距離にして七、八メートルほどだろうか。  妖艶に踊る葉璃の姿は、聖南だけではなくこの場にいるアキラやケイタ、佐々木と恭也を含めた会場に集まったファン皆をも虜にしつつあった。  大画面に葉璃が抜かれて映し出されると、中盤二曲の出番にも関わらず歓声が上がるようになっている。  聖南から見れば葉璃は宇宙一可愛いと断言できるが、同業者目線から見るとmemoryの面々はもちろん、バックダンサーもなかなかの容姿の子らが揃っているのに、だ。  葉璃の何が皆を惹きつけるのだろう。  ── やっぱ……あの瞳だろうな……。  今日は少々吊り目になるようなメイクをしているが、直視すると射抜かれてしまいそうな眼力と華のある整った容姿は、聖南が宇宙一と豪語するだけの事はある。  小顔で、華奢な肩口から伸びたすらりとした腕、筋肉が付いたらしい足も聖南から見れば女性より細いかもしれなかった。  とてもじゃないが、あれが男性だとは誰も思わないだろう。かと言って、聖南は葉璃が女性的だから惚れているわけではないと改めて思い知る。  容姿やスタイルは目を瞠るものが確かにあるのだが、聖南は葉璃のあの瞳と内面に深く惚れている。  決して甘えたがりなタイプではないのに、周囲から絶対的に愛でられる理由は、葉璃の内から滲み出る庇護したい欲求をこちら側が駆り立てられてしまうからに他ならない。 「この振り付けいいなぁ。俺も参考にさせてもらお」  隣でケイタが独り言を呟いた。  寸分違わず揃った全員の振り付けに、会場中が釘付けだ。  聖南がガン見している愛しの葉璃は、曲の最中ずっと口ずさんでいる。  小さな唇から聖南の鼓膜へと詞が流れ込んできて、一小節ごとにキュンキュンさせられていた。  Cメロ前のサビで『あなただけなの。愛してほしいの』と口ずさまれ、危うくステージへ上がって抱き締めてしまいそうになった。  ── 愛してやるよ! 葉璃だけを……!!  葉璃の動きと、表情と、全身から放つオーラとで、見どころがあり過ぎる。  パフォーマンス中にも関わらず、聖南はノックアウト寸前だった。  間奏中には、ヘッドセットマイクを装着したボーカルも兼ねている春香が、ポジション移動で葉璃の隣へとやってきた。  それに気付いた葉璃は少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔を返している。  その様は大画面にも抜かれていて、客席から、より大きな歓声が上がった。  そのままCメロから大サビへと入っていくと、口ずさむ葉璃とジッと視線が合い続ける。  葉璃は、意図して聖南を見詰めてきている気がした。  ── …………? “〜〜、あなたを愛してる。何年先もあなたしか見えない。あなたのすべてを……ください”  求愛の歌詞はラストに猛烈な熱を帯び、葉璃と見詰め合っていた聖南はその詞によってとうとうノックアウトした。 「──ッ!! ……くっ…!」  胸元を掴んで背もたれに背中を預けると、脱力したようにズルズルと下がっていく。  その二人の様子を両隣で見ていた四人は、どうしたんだ、などという無粋な声は掛けなかった。  こうなるだろう。  あの詞と共にあの瞳に見詰められれば──。 ──────  聖南ノックアウトをもって、memory初のバラード曲、そして葉璃のサプライズライブは無事、終了した。  胸元を押さえたまま、聖南はしばらくずり落ちた体を戻せずにいる。  ハケていく葉璃は聖南の様子を見て小さく笑っていたが、その可愛らしい姿を聖南以外の四人はしっかり目にしていた。  二つのオペラグラスを持った佐々木が立ち上がり、情けない姿を晒す聖南に耳打ちする。 「セナさん、あの衣装、買い取ります?」 「……ッッ当然だろ! 買いだ!」 「どうも。せっかくなので差し上げたいところですが、他の子達には申し訳ないけど葉璃のはフルオーダーメイドなもので」 「それも当然だ! 葉璃にはその価値がある! 請求書は事務所に送っとけ、俺の本名宛でいい」 「了解しました。それでは」  memoryのライブは何事もなかったかのように続行している。  佐々木は舞台裏へと戻り、聖南は胸元を掴んだまま感動に打ち震えているしで、両隣のアキラとケイタと恭也は同じ思いを抱えていた。  ── 俺達だけでも、きちんと最後までmemoryを観て応援してあげよう。  本日まだまともに会話を交わしていない三人の気持ちが、団結した瞬間であった。

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