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 温かくて、甘くて、でもどこか照れくさいような、そんな雰囲気の中で聖南は葉璃への愛を再確認中だったはず。  泣き過ぎによる葉璃のしゃっくり騒動により、聖南の誕生日である六月二十二日はいつの間にか終わってしまっていた。  時計の針を見た葉璃が、今度は項垂れて肩を落としている。  しっかりケーキを食べながら。 「もー! 俺がこういうの初めてだから? だからこんなカッコつかないんですかねっ?」 「いや初めてとかは関係ないんじゃない。葉璃の気持ち伝えてくれた後にしゃっくりだったし」  アプリコットティーと息止めでようやくそれが止まった事で、見たかったもぐもぐする姿を見られて聖南はご満悦だ。  ムードあるひと時もいいけれど、聖南を笑顔にしてくれる葉璃の存在とサプライズケーキが、今年の誕生日を非常に快いものにしてくれた。  聖南は、感謝の気持ちでいっぱいだった。  十分過ぎるほど、愛をくれた。  四分の一食べて満足した聖南に変わって、自身は絶対に認めない大食いの葉璃が残りを平らげてくれている。  アプリコットティーを飲みながら、そんな葉璃が深い溜め息を吐いた。 「なんか……急に恥ずかしくなってきました。さっき聖南さんに引っ付きまくってましたよね、俺……。すみません……」 「なんで謝るかな。嬉しかったよ、俺は。葉璃を追い掛けなくてよくなったから」 「…………?」  離れたくない、と夢中で聖南にくっついて無条件に甘えてくれた事は、二人の関係上とても大きな前進だった。  何があっても、葉璃は聖南から離れていかない、そう感じさせてくれた。  なんの事?とでも言いたげに首を傾げているので、無意識かよと突っ込みながらチュッと唇を奪う。  一瞬のそれは、葉璃が頬張っているビターチョコクリームの味がした。 「葉璃がやっと俺と同じ気持ちになってくれたって伝わったよ。ぶっちゃけ、今までは不安しか無かった」 「えっ!? 待ってください、俺いっぱい迷惑掛けたり不安にさせちゃったりしたけど、聖南さんの事好きなのは変わらないですよ? ずっと!」 「んー。そうなんだろうけど、比重っつーか……今まではちょっとの事で俺から離れていきそうな気がしてたから。葉璃が俺の前でふわふわふわふわしてて、なかなか捕まえらんない、みたいな」 「……んん?? 難しい……」  葉璃はフォークを咥えて唸った。  この様子から、本当に聖南への想いは以前と何も変わらないと匂わせてはくれるのだが、聖南にとってみれば態度や行動がまるで違う。   "全力で愛してやる"  そう心から伝えたとしても、どこか葉璃に届いていないような漠然とした不安があったけれど、今はまったく感じない。  この手から離れる事は許さないが、葉璃の意思で、離れていかないでくれそうな明るい予感がする。 「──わっ、」  きょとん、と可愛く見上げてくる葉璃の唇をもう一度奪おうとしたその時、葉璃の体がビクッと揺れた。 「何、どしたの」 「スマホ、ブルブルしてる。ポケット入れてたの忘れてました」 「こんな時間に? 誰?」  すでに深夜一時近くである。  なんと非常識な、とムッとした聖南は、葉璃がポケットから取り出したスマホを奪い取って画面を見てみると、着信の相手は春香であった。 「春香じゃん。……はいはい?」  葉璃のスマホであり、用件は葉璃宛のはずなのだが、二人の時間を邪魔する者は何人たりとも許せないので聖南は構わず出しゃばる。 『あ! セナさんですかっ? お疲れさまです、今日はありがとうございました!』 「おー、春香達もお疲れ。その分じゃまだ興奮冷めてないらしいな」 『はい、全然! ところで……今もしかしてイケナイ時に電話しちゃいました……?』 「いや、まだケーキ食ってるとこ」 『そうなんですね! 良かった、この時間だから掛けようかどうしようかすごく迷ったんですよ~! 葉璃、ちゃんと真実伝えられたのかなって考えだしたら眠れなくなって』 「……真実?」 『はい。あ、やっぱり葉璃、話してないんですね。……今日のライブ、葉璃はセナさんのために踊ったんですよ。一ヶ月間すごく頑張ったって言いましたけど、それはセナさんのためです』  電話の向こうの春香は、パフォーマンス終わりで未だ興奮冷めやらぬ状態なようで、いつもよりかなり声が大きい。  真実、と言われても訳が分からず、聖南はチラと葉璃を見ると何食わぬ顔で指先に付いたクリームをペロっと舐めていた。 「……どういう事?」 『今そこに葉璃居ますか? 居るなら代わってもらえませんか?』 「ん。春香が代わってって」 「あ、はい。って、俺のスマホですよ、聖南さん」 「フッ……」  葉璃にスマホを渡すと当然ながら苦笑を返された。  会話を始めた葉璃を黙って見詰めていた聖南だったが、話を進めているうちに真っ白だった頬がみるみる真っ赤に染まってゆくので、気にならない方がおかしい。 「……え、もうそれはいいかなって……うん……うん……でも、……」  煮え切らないような返答をすると、聖南の元まで春香の怒鳴り声が聞こえた。  春香の言っていた真実を、葉璃が打ち明けるのを渋っているのだと分かると、聖南も黙っていられない。

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